Dream・ファントムPain2
□ファントムPain 吐露
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いつからだったか。
レイが逝ってしまって泣き続けた後、涙は枯れてしまった。
呪われた身体を引きずったまま、それでも死ねなかったのは、呪いをかけたのが、この世でたった一人の愛する男の生きた証だから。
波間に漂う様に流されるまま生きていた。
だけど、今。
彼女の頬を伝うのは、無くなった筈の心の雫。
キッドの声が耳を塞いでも消えない。
その一瞬でサラの心を鷲掴む。
キッドの声は確かに呼んだ。
『ダリア』
たったそれだけの響きにこんなにも胸が痛いのは、自分が生きているからだ。
そして、キッドを愛しているから。
人を愛する喜びと、そして悲しみに胸が震えた。
自分の名前がキッドから零れた事は無い。
「………っ、」
そう思い知っただけで漏れそうになる嗚咽をぎゅっ、と堪える。
涙が一粒、海に沈んだ。
「………サラ?」
不意に呼ばれてサラは、パッと涙を拭った。この船でただ1人、自分の名をそのまま呼んでくれる人物を振り返った。
「キラーさん。」
「…具合でも悪いのか?」
「え?」
「具合が悪いならダリアに、」
「いえっ、大丈夫ですよ!」
キラーがダリアの名を口にしたのを、サラは慌てて遮った。
「キラーさんは、どうしたんですか?」
「どうしたもなにも…何時もの時間に来ないから探しに来たんだが。」
「えっ!あ…すみませんっ、」
「いや、良いんだ。それより本当に大丈夫か?」
そう訊ねるキラーに、サラは無理やり笑った。
「はい!大丈夫です!」
「…そうか。」
そんな彼女にキラーは、ふっと笑い(マスクの下で見えないが)、大きな手で頭をポンっ、と撫でた。
そしてキラーと一緒に船室へ向かうのは、ここ最近始めた《訓練》の為だ。
件の島で刺し貫かれた筈のサラが、あんな風に軽症で済んだのは直前で食べた《悪魔の実》の所為だと考えられたからだ。
当初、彼女の能力は物体を『通り抜けさせる』能力だと思われていたが最近では『通り抜ける』能力だと分かった。
前者と後者は結果は同じだが、難易度が違う。
後者の能力の持ち主ならば、前者の能力はその応用と言える。
サラは無意識のうちに難易度の高い使い方をしたようだが、今となってはどうしてそんな事が出来たのか分からない。
能力をきちんと発動させるだけでも、非常に体力と精神をすり減らすのだ。
初回では能力を発動させる事すら出来なかった。また、能力を使えても時によってその後暫く倦怠感や、吐き気、頭痛等も催した。
それは彼女の持つ、《生への衝動》や、キッドの様な《闘争心》が希薄な事が原因に他ならない。
それでも何とか頑張れるのは、これでキッドの役に立てるかも知れないと思うからだ。
最初キッドは彼女の能力を高める事を酷く否定した。
サラが能力を使える様になった所で何が変わるのか、と。
それはキッドがサラを戦闘に出すつもりなど毛頭無かった為だが、彼女にそれは伝わっていない。
それでもどうにか許可が得られたのは、彼女の強い要望と、キラーの説得によるものだった。
『何かあった時、自分の身を守れるかも知れん。』
その言葉に、キッドは渋々頷いた。
「それから、サラ。船縁に立つな。キッドがまた怒るぞ?」
「…ごめんなさい。」
これは訓練を許可した時にキッドから出された条件だった。
《能力者は海に嫌われる》
だから船縁には決して近づくな、そうキッドは何度もサラに言い聞かせた。
キラーはサラが離れたばかりの船縁からちらりと海面を覗き込んだ。
「…………」
「…………?キラーさん?」
しかしそのまま海面にじっと目を凝らすキラーは、サラに声を掛けられるまでその場を動かなかった。
「どうしました?」
「………いや、何でもない。」
どこか歯切れの悪いキラーはサラを船室に促した。
1度振り返り見た海は、清らかに青く澄んでいた。