Dream・ファントムPain2
□ファントムPain 恋歌
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その港に着いたのは、陽も暮れかかった黄昏時。
甲板の床板は所々剥がれ、船縁はごっそり抜け落ちブリッジ部分は大破し、中の様子が剥き出しの船はよくぞ此処までといった風情であった。
一体何事か、と見に来た船大工達も唖然とその船を見上げた。
「おい、さっさと取り掛かれ。」
声がして、振り返った彼らはその先に居る仮面の男に益々呆けをとられた。
「……金は払う、修理が無理なら同等の船を用意してくれ。」
渡された金は剥き身のままだったが相当な額だった。
「へ、へい。…では、全体を見てみて直す箇所を見積もりやす。」
分厚い札束を受け取りながら返事をする棟梁は及び腰だ。
「チンタラ言ってねーでさっさとしろっ!」
それに火が付きそうな勢いで怒鳴る、仮面よりも恐ろしい形相の男に『ひっ!』と小さく声も上がった。
「…キッド、落ち着け。」
見かねたキラーが諌めると、キッドは舌打ちして何処かに行ってしまった。
「………、」
そんなキッドを見送りながらキラーはもう一度船大工達に向き直る。
「…申し訳無いが、出来るだけ急ぎで頼む。」
そう言って深く頭を下げたのだった。
背後の海軍船が煙を上げながら沈んでいく。そして眼前には小さくなる《四皇》赤髪の船。
海面を不気味に揺らしていた海王類も、もう何処かに行ってしまった様だった。
「何ぼさっとしてやがる!!さっさと船を出せ!赤髪のヤローを追えっっ!」
激昂するキッドにクルー達が情けない顔を向ける。
「む、無理ですよ、お頭。この船じゃ………っぐあ!」
ぶん殴られたクルーが後ろにいたクルー達を巻き添えに吹っ飛んだ。
「よせ!キッド!!」
キラーの声にシロが後ろからキッドを羽交い締めにする。
「放せっ!ぶっ殺すぞっ!!」
「お頭っ、やめて下さいっ……ッ…」
しがみつくシロをキッドは投げ捨てる。だが、甲板に打ち付けられる前にキラーが小さな体を受け止めてやる。
「良いから、さっさと出せ!《アレ》はオレのだっ!オレの女だ!!」
「そんな事は分かってる!!」
キッドの怒りにキラーが珍しく声を荒げた。
「だったら俺達は何だっ!?お前が率いてるんじゃ無いのか!?この船はお前の物じゃ無いのか!?……サラがお前の物なのはここに居る全員が知ってる…相手が誰だろうと絶対に取り返してやる。だが!今すぐは無理だ。…周りを見ろ。」
殆どのクルーが病み上がりで海軍との連戦を戦い抜いた。
目は死んでは居ないが、疲労の色は濃い。
船はボロボロで、元々足の早さではあちらに負けているのだ。
どう足掻いても、今の状態では勝ちは無い。
それは、火を見るより明らかだった。
幸い、数時間の距離に島があったのは唯一の救いだった。
キッドが肩を怒らせて去って行った後、それを追うキラーの後にシロが続いた。
キラーが船大工達に頭を下げた姿が目に焼き付いている。シロは悔しさに唇を噛んだ。
「………俺の…」
「ん?」
呟かれた言葉にキラーが振り向けばシロは拳を震わせて立ち止まっていた。
「シロ?」
「……俺の所為です。俺がっ!…俺がボンヤリしてたからサラさんは……」
それにキラーに船大工達相手に頭を下げる真似までさせた。
思い出すだけで胸がつまってシロは口をつぐんでうつ向いた。
「…お前の所為じゃない。現にキッドはお前を責めたか?」
うつ向いたシロの肩に大きなキラーの手が乗せられた。じんわりとそこから広がる温もりにシロはふるふると首を振った。
「……だが、ここからが正念場だぞ。俺達はあの《四皇》と云われる男からサラを取り戻さなくちゃならない。後悔や謝罪は後だ。今はただ、その事だけを考えろ。」
「はい!!」
キラーの言葉に顔を上げたシロがすっかり男の顔で返事をするのをキラーは見送った。しかし、彼の心は晴れないままだ。
…後悔や謝罪は後だと?それを感じなきゃならないのは俺だ。
あの時、どうして俺はサラを助けられなかった!
海王類が彼女をを引っ張り込む。
直ぐに飛び込んだキラーは、確かにサラを黙視したのだ。手を伸ばし海の中でも白く映える彼女の手を、後少しで捉えられた筈だった。だが余りの水流と水圧にキラーは一瞬できりもみ状態になってしまったのだ。
……後少しで掴めたっ!掴める筈だった!
空のままの自分の手をキラーはぎゅっと握りしめた。
そこにはすでに、血が滲んでいた。