Dream・ファントムPain2

□ファントムPain 想人
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キッドは珍しくじっとニュース・クーを読み耽っていた。
キラーから手渡されたそれは普段ならざっと目を通すだけだが、今回は違う。

彼女の欠片でも良い、何処かに何か載っていないか。そんな想いでもうそれを読むのは3度目だった。


1面の大きな記事には、いつかの島で会った『白髭海賊団2番隊隊長・ポートガス・D・エース』の処刑を報せる物だった。
そしてその周辺の動きや、予想される事態を大袈裟な文句で謳っている。

「……チッ…」

何度読んでも文章が変わるわけは無く、彼女の事や赤髪の事も書かれてはいなかった。

いい加減小さな文字を追うのに疲れたキッドがそのままベッドに沈み込んだ。


ろくに眠れないまま、既に5日が経とうとしていた。


…絶対にあいつは、あそこに現れる。

時勢には疎いキッドも今度ばかりは確信がある。


向かう先はインぺルダウンからの移送先


《マリンフォード》







ベッドの上に腰掛けたまま、暗い夜の淵をさ迷う。



赤髪の船《レッドフォース》でサラは不自由無く暮らせていた。
クルーは皆親切だし、日中は出歩くのも自由だ。何より船長であるシャンクスが何かとサラを構ってくれる。一緒に釣りをしようと誘ってくれたり、クルー達との悪ふざけに巻き込んだりと、とにかくフレンドリーな彼らに彼女は最初戸惑ったものだった。

だが、太陽の下での騒がしさが消えた頃。

一人の部屋でサラは不安に押し潰されそうだった。

もしこのまま会えなかったら……、

それよりも、戻った時また前と同じ様に受け入れて貰えるのか……、

そんな事を考えては恐怖に肩を震わせていた。

5日目の夜、サラはキッドの居ない四角いだけの部屋にとうとう耐えきれなくなって施錠された扉を通り抜けた。

『悪魔の実の能力』

力の事は、何となくまだ誰にも言えていなかった。使う事自体まだ慣れてもいなかったし、船の何処に居ても、何処かから視線を感じていた。

きっと、私を見張っているんだ…。


現に、5日経っても夜には部屋の扉に鍵が架けられる。

それは何時も《ベン・ベックマン》と名乗った男の手によって。

シャンクスはその度、苦言を呈してくれているがそれでも鍵を架けるなとは言わない。それはベンの考えを頭から否定していないからで、彼の想いを汲んでの事なのだろう。

それでも夜は、

キッドの居ない夜は、

息が継げなく成る程、不安で淋しい物だった。


甲板で潮の薫りを嗅ぐと、その不安は少しだけ薄れる様な気がした。

冷たい夜風を思いっきり肺に溜めてからサラはか細く歌い始めた。


糸が切れる寸前までピンと張った様なその歌声は、それを聴く者の心をキリキリと痛ませるだろう。

月が彼女から零れる悲しさの一筋を煌めかせた。


ふつり、と途切れるように終わった歌の後、聞こえた低い声にサラは肩を震わせた。


「綺麗な歌だな。…………だが、哀しい歌だ。」

振り向いた先に、キッドによく似た赤色が靡いていた。




泣いてたのか、

小さく囁かれた言葉は本当に小さくて、唇に乗せただけで彼女には届かなかった。
驚いたままの様子でじっと見つめる深い青に誘われるようにシャンクスは手を伸ばす。
華奢な肩は引き寄せれば抗うことなく自分の胸元まで落ちてきた。

目をぱちくりと瞬かせた彼女の瞳から新しい涙が零れて、シャンクスは慌ててそれを拭ってやろうと手を上げる。

だが、その指は彼女の涙に濡れはしなかった。それどころか抱き寄せた筈の彼女の温もりすら離れていた。

ほんの、さっきまでされるがままだった彼女の思いの外ハッキリとした拒絶に今度はシャンクスが目を瞠〈みは〉った。

目の前には拭い損なった涙ごと目をごしごしと擦る彼女。

「そんなに擦ったらウサギみたいになっちまうぞ?」

苦笑いで溢せば、サラは罰の悪いように俯いた。

「……泣いても、良いんだぞ?」

殊更、声を和らげて掛けてやった言葉に彼女はふるふると首を振る。

……どう見ても、もう限界だろうが。

そう思ってもそれは心の中に留めておく。

「………そうか、…」


シャンクスは無理に促したりはしなかった。


……今はまだ、な。


「さっきの、もう1度聴かせてくれ。」

サラはゆるゆると顔を上げはしたが、その言葉にも彼女は首を振る。

「…どうしてか、訊いても良いか?」

その問いに、サラは少し間を持って答えた。まるでその時の事を思い出しながら話すように。

「私の…声も、歌も、全部……オ、…『キッドさん』の物だから…」

そう言って、手の甲にある彼女には不似合いな傷を撫でさすった。

「こんな傷をお前につけた男に《義理立て》か?お前の男は、お前を上手に愛してくれるか?」

思ったよりも剣呑な声になったその問い掛けにシャンクス自体驚いたが、いきなり核心をつかれて彼女もまた驚いている様だった。

「これ、は…そんなんじゃありません。これは、私にとっては《約束の証》だから…だから、消えたら困ります。上手に愛して欲しいなんて思いません。私こそ、そう…したい…。」

甲から掌まで貫通するその傷痕は決して美しい物では無いけれど、それでもその傷を見るだけで、サラは安心を手に入れる事が出来るのだ。

《義理立て》とか、そんな物じゃ無い。
これが唯一キッドと自分を繋げる《絆》で、《約束の証》だ。

だから、誰にも触られたくないし、非難もされたくない。
ましてやそれを理由にキッドを貶〈おとし〉めるなんて許せる事では無い。

それに愛されたいんじゃ無い。キッドはそんな物くれない。でも、それでも愛したい。

今までずっと、死にたいだけだった。
だから、自分の人生も体も命すらも、流されるまま生きてきた。
でもそれではキッドのそばには居られない。キッドの傍では、色々な事が目まぐるしく自分に向かってくる。でもそれに立ち向かわなければ押し流されてキッドからどんどん離されてしまう。


真っ直ぐ見つめられて放たれたサラの言葉に、シャンクスは息を呑んだ。

意志の宿るその瞳を、素直に美しいと思った。だからそれは簡単に言葉にできた。

「…悪かった。俺が言う事じゃ無かった。」






サラが戻って暫くシャンクスは船縁に凭れたまま、夜の海を見ていた。

シャンクスが素直に謝ったからなのか、その後慌てたようにペコペコ頭を下げだした彼女の話には多少からず驚かされた。

「まさか、能力者だったとは。」

誰に聞かせるでも無く呟いた後、深いため息をついた。

「……あ〜…ベンの奴になんて説明したもんか……」

そしてもう1つ。

彼女を乗せてからずっと感じる大きな存在。

「……ま、それはアイツも気付いてるようだし、いっか。」

なんとかならぁ〜な、

そう溢しながらぐっと伸びをしてからシャンクスはその場を後にした。
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