Dream・ファントムPain2

□ファントムPain 流星
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1月ぶりに戻ったお姫様は、宝石の如く大事にその手にしまわれて戻ってきた。

お姫様を抱える男は《王子》と呼ぶには厳つすぎるがそれで充分だ。
何故なら姫自身それで幸せと言わんばかりにその厳つい王子の首に両手を回してギュウギュウと抱きついているのだから。

帰還したのも束の間、船は直ぐに出航した。その間サラはずっとキッドの肩に顔を埋めて泣いていた。それがどうにも止まらなくて、彼女を迎えたクルー達も二人をそっと見守った。島が小さくなった頃、キッドは自室に足を向ける。

サラを抱えたまま、何時もの天蓋付きベッドに腰かける。二人分の重みでぐっとクッションが沈み込んだ。

グズグズと泣き止まない彼女の滑〈すべ〉らかな髪を梳いてやる。潮風に晒される船の上での生活でも美しいままの髪をキッドは何度も確認した。

途端に、サラから聞こえていた啜り泣きが止まった。

なんて可愛らしいのか、この生き物は。

「……お手軽なヤツ」

しかし、口からこぼれたのはそんな言葉で。

「…ぅう〜、…」

抗議なのかサラがぐずる様な声を上げる。

「耳元で唸るな、バカ女」

久し振りの言葉に、サラが顔を少しだけ上げてへにゃりと笑った。

その顔にキッドの顔がカッと熱くなる。それを誤魔化したくて、泣きすぎて赤くなった彼女の鼻をむぎゅっと摘まんでやる。

「……褒めてんじゃねぇぞ。」

鼻を摘ままれたサラは、息が出来なくて口をはくはくと戦慄〈わなな〉かせた。

小さな舌がなだらかな唇の隙間から己を誘う。

「……良く、頑張ったな。」

ポツリと落とされた言葉は、彼女の何もかもを受け止めた。

これまでの不安も恐怖も悲しみも。


最後に溢れた涙が滲む目尻にキッドはゆっくりと唇を寄せる。

驚く様に目を見開くサラの頬を武骨な指が撫ぜた。その目を閉じろと促すように。

お互いの動きがまるでスローモーションのように、



「オカシラー!!お嬢!!早く出て来てくださいよ〜〜〜!!!」

外から聞こえるだみ声を無視出来る程キッドの神経は細くない。

舌打ちしてそのままサラをベッドから引き立てた。





「なっ!?」

なんだこれはっ!!??

サラが泣き止む間にどこぞの島に着いたらしい。小さなその島は砂浜の奥に木々が繁りそのまた奥にこれまた小さな湖があるだけの無人島らしい。

そして今声を上げたキッドの目には、その木々を繋げるように垂らされた横断幕があった。

『お嬢!!無事の帰艦おめでとう!!』

と、書かれた横断幕が。

しかし、キッドはそんな事に声を上げたのでは無かった。

横断幕に書かれた文章は微笑ましい。
が、いかんせんその文字が……

何処から引っ張り出して来たのやら、古い帆布は所々裂けて汚れている。それに墨なのかなんなのか真っ黒な文字で書かれた言葉はその墨が垂れていてオドロオドロしい事この上無い。

……普通、こういうのはピンクやら黄色やら水色やら、ポップな色で書くもんじゃないのか?これじゃ《祝い》じゃなくて《呪い》じゃねぇか。

しかし、それも仕方の無いことだ。女の喜ぶ事に心を砕いた事も無い男達がこれ以上の物は作れまい。

せめてもの救いはシロの作った料理が砂浜に広げられた大きな葉っぱの上に美しく並べられていたことだ。

サラが好きそうな甘いデザートも、何処からか摘んできたのだろう赤やオレンジの花で飾り付けられていた。

それに、

「皆さん!!有難うございますっ!!」

満面の笑顔で彼等に礼を言う姿は、嘘の無い本当の笑顔だ。


…………悪くない。

満足気に笑うキッドの顔もまた、久し振りの事だった。




「船、新しくなったんですね。」

周りの喧しい喧騒を縫うようにキッドの耳に届いたのは今更な質問をするサラの声だ。

馬鹿話にゲラゲラと笑うだみ声とは比べ物にならない、耳触りの良いその声にキッドは顔を向ける。

「ああ、前の船より…………」

「キッドさん?」

「………、デカイだろ。」

どうしてだか、最後はフイッと視線を外されたがほろ酔い気分のサラは気にすること無く続けた。

「はい!大きいし、強そうです!」

『強そう』が何を指してかはあまり分からなかったがキッドも酔っ払いに深く突っ込む気は無い。

「ふふ、……キッドさんみたい。」

笑いながら船を見つめるサラにキッドはぎょっとして、目を向けた。

向けるんじゃ無かった。
キッドを覗き込む様にこてんと首を傾げたサラと目が合えば『ふふふ』と途端に口元を緩めて笑う幸せそうな彼女の顔に、もどかしいような、むず痒いような気持ちが湧いて、ついぶっきらぼうな返事を返してしまう。

「あぁ、そうかよ。」

だがそれにも小さく笑いながら

「そうなんですぅ。」

と口を尖らすサラを、キッドは今度はこっそり盗み見た。




宴もたけなわ、一人、また一人と寝落ちし始め砂浜には打ち上げられたトドの如き男達が散乱していた。

焚き火にくべた木の枝がパチパチと爆ぜた。

「………ん、」

久し振りに在る隣の温もりに知らず寝入ってしまっていたキッドがその音に意識を浮上させた。

「……………!」

パタパタと探るように辺りに手を延ばしていたキッドが何時までも捕まらない温もりに焦れて目を覚ます。

すると今までそこに居た筈の影が無い。素早く辺りを見渡すが何処にも居ない事に気付いて慌てて立ち上がる。


浜に居ないのならこの奥か、と月の光が木々の間から点々と零れているのを辿った。


チャポ、

チャポ、


茂みの奥から水の跳ねる音が聞こえて、キッドはそちらをじっと見据えた。
小さな湖はそこに真ん丸の月を落として波紋が幾重にも揺らいでいる。

サラが裸足で湖面を悪戯に乱している。

しかし不意にその体が傾いだ。


「なにやってる!」

それをキッドは咄嗟に受け止めた。

「……お前、自分が能力者だって事忘れたのか?」

「あ、…その…海水じゃ無くても駄目なんですねぇ…」

どこか感心?したような声で話すサラをキッドが抱え上げる。

「……………前もそうやって裸足で海に入ってたな。」

「?」

一体何の事かと考えを巡らせてサラはハッ、とキッドを見る。

朝焼けの海で、燃えるような赤を初めて見た時を思い出した。

「…あの時、キッドさんも……?」

「あぁ、…お前を、見てた。」

抱き上げられて、珍しくキッドを見下ろす格好のサラの胸が痛いほど高鳴った。その高鳴りのままにキッドの薄い唇に自らを重ねた。

裸足のままの足から滴が落ちた。

海の様に波の無い湖はただ静かにそこにあった。
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