Dream・ファントムPain2
□ファントムPain 嫉妬
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サラが来てからキッドの部屋に増えた物の1つが浴室の横に置かれた大きな鏡台だ。
鏡の縁は緩やかなカーブを描き、繊細な彫りが施されたそれは濃茶のどっしりとした佇まいでそれが上等な家具だと分かる。
そこに対面する者を大切に慈しんでいると一目で分かる様なその鏡台で、風呂上がりのサラは櫛で髪をときながら小さくハミングする。
テーブルに足を投げ出しソファーにどっかり座り込んでいたキッドはその鼻歌を背に口角を僅かに緩めた。
航海は至って順調で、ついこの間も挑んできた《同業者》を返り討ちにした所だ。そのお陰で懐もだいぶ潤ったし、シロは手にした包丁が何やら高価な物だったらしく上機嫌だった。キラーは久しぶりに暴れていたし、ヒートは相手の船に火を吐いてゲラゲラ笑っていた。
船の皆が気分が良いと、サラの気分も何故だか良いらしい。
そして彼女の気分が良いとキッドの気分も良くなる、
…とは本人は気付いていない周知の事実だ。
汗をかいたビールのボトルを、投げ出した足を引っ込める代わりにテーブルに置きキッドは立ち上がった。
するすると、金糸を撫で付けるサラと鏡越しに見つめ合う。ゆったりとした動きでキッドが彼女の背後から身を屈めてその唇を塞いだ。
上を向いて少し隙間のあいた唇からするりと舌を忍ばせるとサラが甘い息を溢す。おずおずと応える様に自分を擽るその小さな舌を吸ってやる。自分の口腔に誘い出せたそれを食んで味わう。
この先を予感させる口付けにサラの目元が朱を刷いた様に染まった時、不意にそれは解かれた。
「……酒を呑んでくる。先に寝てろ。」
そう言い残してパタリと閉まった扉にサラは小さく息を付いた。
3日だ。
キッドが彼女に触れなくなって今夜で3日が経つ。
まだ熱の冷めない唇をそっとなぞる。
鏡に写った自分の火照った顔が居たたまれなくてその場に突っ伏した。
……何でだろう?
…もう、飽きちゃったのかな?
…ホントに飲んでるだけ?
そんな考えがぐるぐる回って、気になって、でも確かめるのが怖い。
キッドが昔と変わった事は皆が折に触れて話すのでサラだって知っている。
昔のキッドがどんな女が好みで、どんな風に浮き名を流していたのかを。
勿論今だって、全く触れあっていない訳では無く、さっきの様な深い口づけだってある。
だけど、
……そこから先は??
「さっ、『先』ってっっ、私はどっちでも!!」
自分の思考に自分でつっこみ、……また突っ伏する。
だって、やっぱり一人は寂しくて、
キッドが傍に居ないと何だか寝付きが悪いのだ。
だったら自分も付き合えば良いのだ。
………うん!っと、一人拳に力を入れる。
パジャマ代わりのワンピースにロングのカーディガンを羽織って、3日目の夜、初めてキッドを追った。
「あら?また来たの?」
ダリアのからかいの声に、食堂の扉を開けたキッドは不機嫌な顔を隠しもせずに舌打ちする。
「てめぇは、毎度毎度偉そうに。大体そこを誰の席だと思ってやがんだ!?退け!!」
赤いソファーに座り優雅に晩酌しているこのふてぶてしい女医とはここ何日かの(キッドとしては不本意だが)飲み仲間と化している。
「座る場所の1つや2つで、ケツの穴の小さな男ね〜?ね、シロちゃん?」
「えっ!?いや、自分は何とも……」
急に振られてしどろもどろに答えるシロをキッドがじろりと睨んで、慌てて酒を取りに引っ込んだ。
「チッ!」
どっかり真向かいに座って舌打ちするキッドにダリアがニンマリ笑って見せる。シロが用意したのだろうかツマミのメザシを口の端でぷらぷらさせている。
「……何だ」
「別にぃ〜?ただ、今日で何日だっけ?…いち、にぃー……3日?」
大袈裟に指を折りながら数えるダリアをキッドはぎろりと睨んだ。
「まさか、アンタがこんなに堪え性のある男とは思わなかったわ!」
そう言ってあっけらかんと笑うダリアにキッドは噛みついた。
「てめぇが休ませろっつったんだろうが!?」
そんなキッドにもお構い無しにダリアは席を移し隣に無理やり座る。
「そうでしたねー、はい、いい子いい子!」
言いながらキッドの赤い頭をガシガシと撫で付ける。
「ダリア、てめぇ!!やめっ!」
思いの外、強い力で押さえ込まれてキッドが払うのに躍起になる。
そんなやり取りにもゲラゲラ笑うダリア
……完全に酔ってやがる
酔っぱらいは放っておくのが一番だ。シロに出されたばかりの酒に手を伸ばす。
ここ最近のキッドの気に入りの酒
『ジャック・ター』
《水夫》と言う意味の名前も気に入っているそれは飲み口の甘い酒だ。
だがキッドの手は空を切った。
「……甘っっ!」
横からダリアに掻っ攫われ、あっという間に空になったグラスだけがキッドに手渡された。
眉間にこれでもかとシワを寄せたダリアがずるりとキッドに落ちてきた。
「……文句言うだけ言って、寝落ちか……この、クソアマ」
飲み口は甘いが、アルコール度数は高い『ジャック・ター』は所謂、《レディ・キラー》と言われる部類の酒だった。
左手にぐったりした酒臭い女、そして右手に飲み損なった空のグラスを手にキッドの額の血管が切れるのはもうすぐだろう。