Dream・ファントムPain2
□ファントムPain 真相
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「おい、散らかすな。」
そんな声にチラリと視線だけ寄越してまた1冊手元の本をポン、と放る。
ため息をつきながらキラーが乱暴に投げられたそれを拾った。
「ふん、何が『散らかすな』だよ。元々片付いてねぇだろ。」
ため息をつきたいのはコッチだ、とキッドは乱雑に並べられた本棚を漁る。
それにしても何でこんなに汚いのか。
上下逆さまの本や、1巻の次に5巻その次に3巻があり最早2巻4巻は何処に有るのか。
そんな並べられ方をした本が、小さくは無い棚にびっしりと詰め込まれている。それでも収まりきらずそこから溢れた本はベッドサイドに積まれている。
…だから、嫌いなんだよ!この部屋はよぉ!
何度言っても整理しないこの部屋の主にはもうほとほと諦めているが、それでもこの惨状を我慢出来る訳では無いのだ。
元来、潔癖の気があるキッドにはどうにもウズウズとさせる部屋なのだ。
「せめてあった場所に直せ。」
…そうそう、せめて………って!
「そりゃオレの台詞だ!!これじゃ何かあってもすぐ見つけらんねぇーだろが!」
「いや、大体の位置は把握している。お前が散らかすから分からなくなるんだ。」
「…………下らねぇ能力を自慢するな。」
ここで片付けたら負けだぞっ!オレ!
そしてベッドサイドにうず高く積まれた本の背表紙を目で確認する。
「……あ?……あった!これだ!」
言うが早いかキラーが止める間も無くその分厚い本を引っこ抜く。
途端に山が崩れてキラーが項垂れた。
赤茶けた皮の表紙に深いグリーンの蔦の模様。金の泊押しの様な文字で書かれた題名は、
『失われた文明と独自の進化人類学』
著:トゥーリマ・ロミ
角が少し凹んでいるのは以前キッドがそれでシロをこずいたから(こずいたと言うには些か凹みが激しい気もするが)だろう。
ペラペラとページを捲っていたキッドの指先がピタリと止まったのを見てキラーもそこを覗き込む。
「……これ、か?」
開かれたページには小さな注釈に丸い植物の様な輪、その内側に楽器の様な物を持った人の絵とその背後に魚とも蛇ともつかない生き物。
「…海王類か?これは?」
キラーの問いにも答えずにキッドはそのページに書かれた文字を追っている。読みながらそれが口からぶつぶつと零れているのは無意識らしい。
「……………いす、いすらふぃる?…」
「イスラフィルか、」
キラーの声にハッと、キッドが顔を上げる。
「イスラフィルは、最期の審判の時にラッパを吹くと言われる天使のことだ。…だからその模様の楽器は多分ラッパだろう。元々は地獄の見廻りが役目らしいが、そこで苦しむ罪人達を見ては嘆き悲しみ泣くんだそうだ。それが雨になって地上に降るといわれている。」
「この本には、人智を越えた力が原因で滅んだと、それ以外の詳しいことは書かれていない。その能力故に、『イスラフィルの仔ら』と呼ばれていた……だそうだ。」
「それだけじゃ結局は何なのか分からないな。何処に住んでたとか、何時まで居たとか何も書かれて無いのか?……第一その模様が書かれているのに、それについての説明が何も無いじゃないか。」
キラーの問い掛けに小さく頷きキッドが背表紙の文字を撫でる。
「この、トゥーリマ・ロミってのは今何処に居るんだ?」
「…もう死んでるわよ。」
キッドに答えたのは目の前のキラーでは無く、いつの間にか背後の扉に凭れているダリアだった。
「著者のトゥーリマは本を書いた直後の8年前に事故死してる。本はその親族が自費出版したの。その親族もその後に事故や病気、自殺で全員が死亡。…それが真実かは知らないけど。」
「どういう意味だ?」
「失われた文明って聞いて何を思い出す?」
失われた文明、それはこの世界の謎だ。それも、そっくりそのまま100年もの月日。
「空白の100年…それについての本は殆ど残されてはいないわ。その本も同じ、ただ、詳しく書かずにギリギリのラインで書かれたその本は、少ない数ながら流通する事が出来てる。」
「………えらく詳しいな?」
以前、腹に一物抱えてる人間は嫌いじゃ無いと言われた時の事を思い出してダリアは苦笑いを浮かべた。
「彼女が居るから、私はこの船に留まるのよ。」
その言葉にキッドもキラーも身構える。
理由如何〈いかん〉ではこの場で切り捨てる気なのがありありと分かって流石のダリアも生唾を飲んだ。
「彼女は政府が隠したい《秘密》そのものよ。私は……彼女を絶対に政府に渡したく無いの。」
そう告げる瞳はいっそ苦しい程の贖罪を抱えていた。
「…最初から知ってたんだな、アイツが…その、い、イス……」
「イスラフィル」
「そうそれだ。」
「《最初》って、あんたが血塗れでよれよれの癖に私に銃押し付けて脅した時?」
「あれはっ、お前が…」
「私が?」
「……っヤブそうだったからだ!」
キッドの返しに今度はダリアが噛み付いた。
「はぁ!?このどっからどう見ても知的美人の私を!あんたの眼はビー玉かっ!?」
「誰がビー玉だ!オレの視力は2.5だ!大体知的だの美人だのテメェで言うんじゃねぇよ!」
ヒートアップしていきそうな言い合いにキラーがストップを掛ける。
「キッドもダリアもやめろ、どっちもどっちだ。」
………テメェが一番腹立つなっ!
………あんたが一番腹立つわっ!
ふぅ、と一息ついてからダリアが改めて腰を落ち着ける。
「……最初に看た時から彼女がイスラフィルの生き残りなのは分かってた。血管が透けるほど白い肌に、綺麗な金髪。深いブルーの瞳。でもそれでもまだ確証は無かった。確かめる為に着いて来たのよ。…そして歌声を聴いて確信したの。」
「どうやって確信を得たんだ?容姿の事も、歌声の事もその本には書かれていない。」
だとしたら、もっと以前にイスラフィルの生き残りに会ったという事だ。
「私は政府の施設で、ある研究をしていたの。」
その研究対象は、《人間》
特異な遺伝子を持つものから、持たない者への移植。
平たく言えばDNAの書き換えだ。
イスラフィルの人達は希にその才能を持って産まれてくる。
歌声で人の感情を操る能力。
しかし、政府の狙いはそれでは無かった。
イスラフィルの中でも最も稀有〈けう〉な能力。
その滅びの原因になった人智を越えた力。
言葉1つで、この世界を獲れる力。
海に住まう王を操る力だ。
世界政府は先ず言葉巧みに彼等に取り入った。
『世界を良くする為に協力を。』
そして血液を採り、特異点を解析、それを最終的には生物兵器として転用。
勿論その生物は政府が選んだ屈強な戦士達だ。
でも上手くはいかなかった。取り出したDNAは他人の体には定着しなかったのだ。
そして研究は更なる段階に進んだ。
《人体実験》
血液を採り、DNAを盗り、
…………そして命まで取った。
戻らない仲間達に政府への不振が募り、遂に彼等も協力的で無くなった。
『政府の物にならないなら、彼等は危険因子にしかならない』
「そして、政府は発令したの。」
哀しみも怒りも、今有る命まで。
何もかも灰にする為に。
「…バスターコール…か。」
権力者とは、時に何て卑怯で無慈悲なのか。
そのつまらない保身の為に沢山の命が無駄に散った。
かくして彼等は《絶滅》したのだ。
何の足跡も、歴史も残さずに。