Dream・ファントムPain2
□ファントムPain 再会
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「………チッ、あのバカ女…」
不満顔で悪態をつくキッドの声は目の前で繰り広げられるどんちゃん騒ぎに掻き消された。
そこは小さな島だった。
何もない、地図にもただ、点の様に記されただけの名前も何も無いそんな島だった。
遠浅のせいで島まで随分と小舟を漕ぐ羽目になったが、誰にも荒らされることの無い砂浜には先に上陸した者の足跡だけが残っている。
「………誰かと会うんですか?」
ここまでムッスリと黙り込んでいるキッドにサラが問いかければ、少しの間と『あぁ』と短い答えが返された。
「誰ですか?」
今までこんな風に待ち合わせをして人と会うことの無かったサラは素直に疑問を口にするが、キッドは益々顔をしかめて、行けば分かる、とだけ答えた。
……どうやらよっぽど嫌らしい。
「……何度も言うが、絶対にオレから離れるなよ。」
いいな、と言いながら握った手に更に力が込められた。
……もしくは、よっぽど危険なのかもしれない。
サラは神妙な顔で深く頷いた。
筈なのだが………
少しの木々の間を抜けると直ぐに拓けた場所に出た。その中央辺りには数名の先客が立っていた。
それを見た瞬間サラは駆け出したのだ。そしてその勢いのまま突っ込む。
「うぉっ!」
突然の背後からの衝撃にたたらを踏むが倒れ込むこともなく振り向いた男は破顔した。それを見てサラも嬉しそうに笑顔を見せた。
「シャンクスさん!」
「よぉ!お嬢ちゃん!元気そうだな!」
そしてキッドの冒頭の台詞へと繋がる。
知りたい事を聞き出したらさっさと船に戻るつもりが何故こうなったのか。
大火力で燃え盛る焚き火が夜空を煌々と照らしている。
お互いに挨拶を済ませ、サラの頭をかいぐるシャンクスから彼女を引き離したのも束の間、瞬く間に宴に雪崩れ込んだのだ。
火の向こうでは、キラーが何故かウマが合うらしい向こうの副船長……確か名前はベン・ベックマンだったか?、とチビチビ(酒のつまみは勿論互いの無茶な船長の話だ)やっているし、ヒートは太鼓腹の男とゲラゲラ笑いあっていた。驚きなのは、無口なワイヤーと狙撃手……こいつは確か…ヤソップ?、と会話が成り立っている事だ(まぁワイヤーは主に頷いているだけだったが。)
その間を縫うようにサラがあちこちから呼ばれて酌をして回っている。
「しっかしお前は相変わらず極悪人顔だなぁ。」
苦笑いを浮かべながら隻腕の男が酒の入ったボトルを寄越した。それを受け取りながらキッドはじろりと一瞥しただけだ。
視界の端ではベン・ベックマンに酌をするサラがいた。
「…何でこうなる、」
自らが組んだ胡座の上で頬杖をつきながら心底面倒そうにキッドが毒づくのを、それでも笑い飛ばして流すのは相対するシャンクスも又強者だからか。
「…で、聞きたい事ってのは何なんだ?」
瞳に炎を映したままシャンクスが静かに問えば、キッドがその口を開いた。
「テメェ、知ってやがったんだな?アイツの正体を。」
あの墓標の前での別れ際、確かにこの男は言ったのだ。
『彼女を泣かせたら、海が黙っちゃいない』、と。
アイツと形容されるのが誰か、とは明言しない。
何故なら、その対象となる者をもう既に二人とも視線に捉えているからだ。
「……だとしたら、何だ?」
二人の間の空気が一瞬で密になる。
お互い胡座をかいたまま、目線すら合わせないがシャンクスから殺気にも似た空気がキッドに圧になり纏わり付く。
……このジジィっ、
思わずキッドが舌打ちする。
わざと、だ。
直感でそう思う。
『……だとしたら、何だ?』
口調は至って普通だが、シャンクスは持っていた酒瓶をそっと砂浜に下ろした。利き腕は空けておきたい。
返答しだいでは、ここで一戦交えることになるだろう。
彼女は稀有な存在だ。
彼女が望もうが望まなかろうが、その存在が一度表に出てしまえば大規模な争いが起こるだろう。
…もしくは、たった一人の犠牲を彼女に強いてしまうだろう。
そのどちらが起こっても、やるせない気持ちになるだけなのをシャンクスはもう知っている。
あの、忌まわしいマリンフォードでの出来事は多くの人間に影を落とした。
今もまだその影響は色濃く残っている。
混沌とした大海賊時代はまだ明ける気配は無い。
1度均衡を崩したパワーバランスは未だ戻らず、有象無象の海賊を生み出し続けているし、海軍も何を待っているのか全く動きが掴めないままだ。
そこに彼女の存在が混ざれば何がどの方向に爆発するかは予測不能だ。
そして何より、あの美しい彼女の歌声を汚したくは無い。
一足も2足も早く旅立ってしまった男達への鎮魂歌〈レクイエム〉
残された者をも癒すその歌声が、これからきっと必要になる筈だから。
シャンクスのその覚悟が、それでもこの悪どい顔のルーキーにまだ刃となって向かないのは、シャンクス自体この若造が嫌いでは無いからだ。
…だが、時代が傾くかどうかの瀬戸際では切って棄てなければならない感情もあるのだ。
空の右手をぐっと握り込んだ。
「く、くっくっ」
堪えきれなかったのかキッドが隣で笑い初めてシャンクスは些か驚いた。
「あ?」
何だよ、と肩を揺らしてうずくまるキッドに漸く視線を向ける。
「…アンタ、どんだけアイツに懐柔されてんだ、くっ…ハハッ!」
…別に懐柔されたワケでは無いんだが……。
握り込んだ拳は解かれて、ポリポリと頬を掻く。
さっきまでの重い空気もサッと取り払われて、シャンクスも一頻り笑った。
「で、何が知りたいんだ?」
「……アイツの故郷についてだ。」
その言葉にシャンクスは酒を飲む手を止めた。
「あの娘〈こ〉の正体が分かったなら、その島がどうなったかも知ってるだろ?」
「知ってる。」
「……行ったって何も残っちゃいない。」
バスターコールを喰らった島だ。何も残りはしない。草木の1本も、島の原型すらもう無い。
それをサラが見れば、どうなるのかは想像に難くない。
「アンタ、自分が子どもの時の事覚えてるか?」
突然飛んだ質問に戸惑いながらも返事をする。
「あぁ、まぁ大分昔の事だからなぁ〜、でも覚えてはいる。」
シャンクスとて人の子だ。
自分の母親の事や、連れられて歩いた丘、気に入りのパン屋、港の匂い。
幼少期を思い出せばそれに付随する情景がどっと胸に押し寄せる。
「…今アンタが思い出したように、オレにも覚えてる事はある。良い思い出は少ないが、それでもそれがオレのルーツだ。」
《ルーツ》
普段意識もしないそれは、だが確かに自分の中に深く居座り、脈打ち、巡って、自分という人間を形成している。
「だが、アイツには何も無い。」
「それは、つまり…」
「子どもの時の記憶が無いんだ。故郷を全く知らない。親や兄弟、どんな町で、どんな風に暮らしていたのか。」
それはどんな気持ちなのだろう。
自分がどんな人から生まれたのか、血を分けた人は居ないのか、誰も自分を知っている人は居ないのか。
考えても分かってはやれない。
ただ分かるのは、それがどんなに覚束ないだろうと云うこと。
「アイツには、時々……なんつぅか、《存在感》みたいのが稀薄に感じる時があって、幽霊みたいに実感が無い……と、いうか…」
なんで、コイツにこんな話をとキッドはこっ恥ずかしい気持ちになり口をつぐんだ。
そんなルーキーをツマミにシャンクスは酒を煽った。
……お前こそ、よっぽど懐柔されているじゃねぇか。
「お前、顔は極悪だが可愛い奴だなぁ。」
そう言ったシャンクスに肩を叩かれた瞬間、キッドの背にゾッとした物が走った。