Dream・ファントムPain

□ファントムPain 美酒
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まだ夜には早い時間の所為か、染みったれた店の中はがらんとしていた。
テーブルやカウンターに置かれたランプの明かりと、一際大きな暖炉の火がバーテンの背後にズラリと並べられたグラスや酒瓶を照らしていた。

キッドはカウンターに座りバーテンに、酒を出せと一言だけ発する。
バーテンも馴れたもので、キッドを見ても顔色一つ変えずに畏まりました、と一言返すだけで棚から酒瓶とグラスを用意し始める。

この手の店のバーテンにしては物静かで、媚びの無い当たりにキッドは口角を少し上げた。

手早く用意されキッドの前に出されたグラスの中の液体をランプの炎が琥珀色に染め、一層甘美に魅せる。
氷も入っていないそれをキッドは一気に飲み干した。

喉が熱くなった後、舌の先で少しの甘味を覚えるその酒にキッドは満足気に喉を鳴らした。
空のグラスをカウンターに置いたキッドが、人差し指で机を2回弾くとバーテンが直ぐ様同じ物をグラスに注いだ。

……中々良い店だ。

酒が旨いし何より暖かい。さっきまで街をブラついて冷えた体は既に暖まり始めている。

キラーにこの酒を仕入させるか、とそこまで考えていたキッドはふと先程の女を思い出す。

奇妙な女だった。痛めつけられているのに、その表情は穏やかにすら見えた。唇を濡らす赤にキッドはハッキリと欲情していた。

……赤は嫌いじゃない。

獲物を見つけた猛禽類を思わせるその瞳で暫く女を黙って見つめていたが、その後一度も目は合わなかった。
それどころか、女は店の裏口から出て来た男に連れられて姿を消してしまった。
バタンと音を上げて閉められた扉を見て、キッドは軽く舌打ちした。その小さな音に先程まで醜い形相で喚いていた女が振り返った。

キッドと目があった女は何を勘違いしたのか、赤毛の髪を掻き上げてこちらに作り物の笑顔を向けた。
だがキッドは、媚びた女の笑顔をまるで無視して店への扉を開けた。

一連の出来事を振り返っていたが、周りがざわつき始めた事に気づいたキッドは顔を上げる。

すると、いつの間にか店内は満席状態だった。

何だ?やけに流行ってるじゃねえか…

疑問を浮かべながらも騒がしくなり始めた店内が欝陶しくなり、キッドは席を立った。

そこで初めてバーテンが自ら話し掛けてきた。

「お客様、もう始まりますよ?」

「…始まるって…」何がだ?と聞き返そうとしたがその声はピアノの音と歓声に阻まれた。
どうやら今から何かしらのショーが始まるようだ。

チッ、歌かよ。くだらねぇ……と、今から本格的に喧しくなりそうだと、足早に店を出ようと扉に手をかけた。





が、キッドは思わず振り返り見た。

一瞬にして全身の毛が総毛立つ。
鼓膜を震わせる歌声は決して激しいものでは無いのに、痛い程の激情がキッドの細胞の一つ一つを鷲掴む。


ステージに立つ女は静かにそこに佇み唄っているだけだ。
素晴らしく美しい金色の髪と、透き通る程の白い肌、淡いブルーの瞳は彼女をより神秘的に彩る。


ステージのライトが彼女を後ろから照らす。
まるで後光の様なそれに、キッドは己と最も対極なものを見た。


《粛粛たる処女 聖母マリア》を。
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