Dream・ファントムPain

□ファントムPain 導眠
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荒々しい部屋の主が消えた途端、静まり返った室内にシャワーコックから落ちる水滴の音が聞こえる。

サラはひとしきりタオルのフワフワとした感触を楽しんだ後、部屋を見渡した。シャワー室は流石に船の中といった感じでかなり窮屈な物だったが、この部屋はどこぞのホテルの一室かと思う程、豪奢〈ごうしゃ〉な造りだった。

ドッシリとした机と椅子はマホガニー製だろうか、木目も美しく艶やかだ。机の上にはアンティーク調のステンドグラスのテーブルランプが置かれている。インク壺に羽ペン、古めかしい海図に使い込まれたコンパス。

ローテーブルに、クッションの良さそうなソファ。その足元には錦糸の刺繍が美しい絨毯、ベッドに至っては天蓋付きだ。そのどれもがあの赤い男には不似合いで、ついさっきまで犯されかけていたと言うのに何だか可笑しかった。


暫く部屋を観察していたが、冬島の海域はまだ抜けていない様で暖まった体が急速に冷えだしたサラは自分が着ていたシャツを羽織った。

……あ、…ボタン…
全部飛んじゃってる。思いながらキョロキョロと何か代わりになる物をと思い一歩踏み出した。

途端足元でピチャっと水音。下を見ると自分の足形に水溜まりが出来ていた。
『……床!拭いとけよ!』

赤い男の言葉を思い出しサラは慌ててしゃがみ込み床を拭く。そうこうしてる間に体は完全に冷え切ってしまった。剥き出しの床が冷たくて、ソファに膝を抱え込んで座ったが、それでも寒さは変わらない。
ソファのひじ掛けに無造作に置かれた男のコートを手繰り寄せ包〈くる〉まる。

……あ………
微かな香りがサラを包んだ。

形容しがたい独特なあの男の香り。

ゆっくりと熟成させた芳醇なブランデーの様な、それでいて洋梨か何かの様にみずみずしい香り深い果実でもあるような不思議な香り。
その香りにサラは、初めて男を意識した。

自分に向けたギラギラとした目や、抱え上げられた時の力強さ。自分とは《真逆》の人間だと。




高級そうな外套は見た目を裏切る事無くサラを温め始めていた。衿周りにあるフワフワに目を細めて顔を埋めれば、途端に男の香りが鼻腔を満たす。


そして静かに、導かれるままサラはそっと瞼を閉じた。
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