Dream・ゴールデンRule
□ゴールデンRule その14:人間、始めました。
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ゴールデンRule
その14:人間、始めました。
ベン・ベックマンの朝は、毎日同じ手順で始まる。
起きたらまず、ベッドの上で煙草を一服。1本吸うのにおよそ5分。
そして顔を洗い、歯を磨く。特にポリシーが有るわけではないが、長い髪を束ねる。
着替えた後、昨夜脱いだ服を手にして部屋を出る。ここまでおよそ30分。
部屋を出たら、洗濯室に手にした服を放り込む。そして食堂に向かいコーヒーを飲みたい所を我慢して向かう先は自らの船長の部屋だ。
「おい!起きろ。」
ドン、と拳で扉を叩いて一言。
しかしこれでシャンクスが起きてきた事など1度も無い。
「チッ!」
案の定返事の無い部屋の扉を開けてみればそこはもぬけの殻、思わず舌打ちが出たのはベンの性分かも知れない。
彼は常から余りイレギュラーな出来事を好まない。
本来ならシャンクスの様に人を巻き込み、振り回すタイプの人間とは関わりたくは無いが、それでも自分の船の船長ならば致し方ない。
自分の人生の中で、思い通りに過ごせる時間など朝の30分だけだ。
「あのヤロウ。どこで寝てやがんだ。」
だから、少々(?)口が悪いのは仕方がないと言えよう。
途中、すれ違うクルーに訊ねるが誰も見てないらしい。それなら残るのはあの場所だ。
ブリッジの扉を開けて辺りを見渡す。
雲1つ無い空は今日も機嫌が良いらしい。
思わず煙草に手を伸ばしそうになるが、ここで一服していては益々朝飯が遅くなる。それに、今はニコチンよりカフェインが欲しい。
「……?何してる。」
レッドフォースでは、毎朝朝食の前に甲板掃除をするのが決まりだが今日は当番のクルー達がモップを手に集まっている。
「あ、ベンさん!」
「掃除は終わったのか?」
そんなベンの問い掛けに、モップを手にしたクルー達が眉尻を下げる。
「あの……それが……」
そう言って指さす方を覗けば、胡座をかいたまま寝こけるシャンクス。そしてそれを枕にした、こちらも気持ち良さそうに寝ているリツだ。
どうやら二人とも爆睡している様子だ。
…………面倒なのが、二人に増えた。
呆れながらもベンは傍まで近付いて、う〇こ座りで覗き込む。
死神だったリツの寝姿に思わずフッ、と笑みが溢れた。
しかし、何事も初めが肝心。
ここでリツを甘やかせば、シャンクスの怠惰な日々に拍車がかかるかも知れない大事な局面だ。
「おい、リツ。お頭。……いい加減起きろ!」
全く起きる気配が無い二人にベンの叱責が飛ぶ。それに飛び起きたのはリツだ。
「はいっ!!」
返事をして勢い良く起き上がるが、それが不味かった。
リツを膝に俯き加減に寝ていたシャンクスの顎に彼女の頭頂部がクリーンヒットした。
「ぐあっっ!?」
途端にシャンクスが顎を押さえて悶絶しだした。それに吃驚したのかリツがキョトンとした顔でキョロキョロと辺りを見渡している。
「リツ?大丈夫か?」
涙目のシャンクスをまるっと無視したベンがリツに問い掛ける。
「……えと、…あ、はい。ベン・ベックマンさん。ダイジョブ、です。」
「?」
何だかボンヤリのリツにベンが?と首を傾げる。
「……リツ?」
「あの、私……一体どうなったんでしょうか?」
「??…どうって、寝てたんだろう?」
「私が?」
何だか間抜けなやり取りに、痛みが治まったのかシャンクスが答える。
「あぁ、爆睡してたな。夕べは焦ったぜ?突然バッタリだからな。」
赤くなった顎を擦りながら話すシャンクスを振り返ったリツは何やら目を輝かせている。
「…お、ぉお?どしたぁ?」
可愛い仕草のリツに一瞬どもったシャンクスをリツが興奮気味に押し退けて立ち上がる。
「………これが、睡眠……ハ、ハハ!アハハハハ!!」
信じられない、そんな風に呟きながら両手を万歳しながら朝陽を目一杯に浴びる。抑えきれないのか走り出したが一体何処に行くつもりなのか。
「そのまま食堂に行ってくれ、コックが手伝ってくれとよ!」
船縁に凭れながらベンが叫べば、それに元気よくリツが返事を返した。
「はーい!!《お手伝い》任せて下さいっ!!」
………任せる、ってのはちっと心配だがな。
さっき初めて、寝て起きた事に感動していた人間に果たしてコックの要望を満たせるのかは疑問に思ったベンだった。
「酒豪の上に、石頭とは…な。お頭。」
「どんだけ可愛いんだ…な?ベン。」
「………………………。」
「………………………。」
暫くの沈黙の後、ベンはニヘラ、っとだらしなく笑った顎の赤い馬鹿を放って歩き出した。
「お、おい!ベン!」
後ろからの呼び掛けに、何だ?と振り返れば四つん這いになったシャンクス。
「た、助けろ、ベン。……あ、足が痺れて………っっ」
リツに一晩膝枕していたシャンクスの足は痺れて言うことを聞かないらしい。
「早く来ないと食いっぱぐれるぜ?お頭。」
だが、構わず歩き出したベンにシャンクスが泣きを入れた。
「そりゃ無いぜ!って、オイ!!ベン!!ちょっ、まっ………っっ、ベーーーン、カムバーーーック!!」
一人残された男の叫びが朝の海に響いた。