Dream・ファントムPain2
□ファントムPain 出立
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「…だから《これ》は俺にとって、ストッパーみたいなモンなんです。」
暗い船倉の中、小さなランタンの炎に煌めくハンジャルは何のへんてつも無い代物だが、シロを同じ様に煌めかせた。
………同じ様なスイッチを持っていても、私とは違うんだね。
キッドと自分との関係の希薄さにサラは胸が傷んだ。
何も知らない。
キッドの事も、この海賊団の事も。
確かな信頼で繋がるクルー達。
冷たい目をして行ってしまったヒートの言葉が今更ながらに理解できる。
自分なんかが口を挟めることでは無いのだ。
それなのにどうして自分はこうなのだ、と唇をきゅっと噛み締める。
「…サラさん?」
俯いたサラにシロが訝しげに声を掛けた時、暗い部屋の扉が音を発てて開いた。
「下らねぇ話は終わったかよ?」
「キッドのカシラ!」
突然の明かりに目を眇めたがシロがパッと立ち上がる。そして座ったままのサラをそっと手助けして起こしてやる。
ギシリと床を踏みながらキッドが二人の前に立つ。通路から漏れ射す明かりでキッドの表情は見えなかった。
「すみませんでした!俺、またっ……本当にすみませんでした!!」
「……分かったならもう行け。ヒートの奴、飯が不味いって五月蝿くてかなわねぇ。」
「……はいっ!」
いつも通り元気な返事で走り出したシロが扉の前で振り返る。
「食堂で待ってますね、あの…カシラも…サラさんも。」
「要らねぇこと言ってないでさっさと持ち場に戻れ!くそガキ!!」
それにもまた『はぁーい』と、間延びした返事を寄越してから出ていったシロにキッドは舌打ちする。
急に静かになった船倉に重苦しい空気が戻ってくる。
俯いたままのサラにキッドは焦れた。
素直に謝ればそれで許せるのに、何故そうしないのか。自分が罰を与えた手前、自分からは許しの手が出せないのはキッドがキッド故の所為なのか。
不毛な時間がキッドをキリキリさせる。
「………で?テメェは何か無いのかよ?」
それでもやっぱり我慢仕切れずに切り出したのはキッドの方からだった。
世に言う《惚れた弱み》というやつだが、キッドはそんな言葉すら知らないだろう。
「…………おいっ、」
強情張るのもいい加減にしろと、苛立ちのままサラの腕を掴む。が、腕を引っ張られた彼女のコバルトブルーの瞳から涙が溢れてちょっと面食らってしまった。
「…ごめっ、なさ……い、っ、」
謝らせようとしたのは自分だが、ひきつった謝罪の言葉にキッドの胸が小さく軋んだ。
「私、何も知らなく…、って、……なのにあんなっ、……それに昨夜だって…っ、わ、たし……」
つまらない嫉妬で自分勝手に傷ついて、キッドに八つ当たりのような感情をぶつけた。
ステージも、あの大きな部屋も。
そしてこんな自分をそれでも迎えに来てくれた事も。
全部キッドの心を表している。
恐ろしい見た目のこの男をクルー達が慕うのは何も強いからだけでは無いのだ。
そうして、そういうものが一つ一つ折り重なって信頼が生まれる。
自分にはまだ、何一つ無いけれど。
サラの心に芽生えた気持ちは恋や愛だけでは表せない、そんな熱情とも言える恋慕が彼女を変えていく。
キッドに掴まれた腕から広がる熱さが彼女の心に火を灯し始める。
「私、これからは迷惑かけたりしません。もっと、もっと役に立つ様に頑張りますっ、だからここに置いて下さいっ!」
涙を堪えた瞳で真っ直ぐに見つめられたキッドは驚いたが、直ぐに表情を戻し呆れたように声を上げた。
「あのなぁー、テメェをこの船に乗せたのは俺だぞ?お前のやらかす迷惑なんかはなっから数に入っちゃねぇよ!それになぁ、テメェが役に立つ様じゃ俺の船は終いだ、ばか女。」
「それは、そう…です、けど…」
再び涙が戻り始めたサラにキッドは頭を掻きながら溜め息をつく。
「あ゙ぁ゙、ったく!だから、テメェはテメェの出来る事すりゃいいだろが!?」
「…出来る、こと…?」
おう、と今度はプイッと横をむくキッドだったが、言葉はどこか優しかった。
「あ〜…あれだ、…掃除するとか、洗濯するとか、…歌ぁ歌うとか……まぁ色々だ!とにかくっ、」
分かったならそれでいい、そう言ってさっさと出ていった後ろ姿に。
まだ熱の残る腕に。
……きっと、いつか。
この人の為に。
サラはそっと、心の中でそう誓った。