Dream・ファントムPain2

□ファントムPain 毒婦
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「麻酔は要らねぇ」

診察台にうつ伏せに横になりながらも剣呑な瞳を向ける男に思わず溜め息をついた。

「意識を失うのが怖いのか?臆病なんだな。…それとも、彼女の為か?」

ここまでどうやってたどり着いたかは知らない(知りたくもない)が、キッドの身体には3つの銃創、一つは腕の上腕部、もう一つは肩のあたり、あと1発は脇腹(この1発は貫通している)の辺り、そして無数の擦過傷。恐らく小枝なんかで引っ掻けたんだろう。
しかし、片や女の方には腹と背の同じような場所に切り傷が有るだけでその他は無傷と言っても良い。

……よっぽど庇いながら此処まで来たか…


彼女に何かあった時、動けないのが嫌なのだろう。麻酔をするなと言う男にゴム手袋を嵌めながら感心する。
しかし鉗子を持って振り返った女医は酷く悪戯な顔をしていた。




「………っつ、…はぁッ!」

時折眉を顰めて息を溢すキッドを女医は遠慮無く鼻で笑う。

「ふふん♪ほらほら、痛むだろう?《麻酔》、してやろうか?」

「…っ、要らん!」

カンッ、

小気味の良い音を発てたシルバーのトレイにキッドの肩から取り出した銃弾が転がった。

「さて、今度は腕だ。せいぜいやせ我慢してな。」

そう言って無遠慮に鉗子を傷口に突き立てた。

「ッつ!…クソが、っテメェ…ヤブ、なんじゃねぇかっ…?」

ぐりっ!

「ぐぅっ、」

「はい、終了。」

先程と同じ音を発てて2発目の弾が転がった。最後に一際痛くした女医をキッドは舌打ちしながら睨んだ。






「…………ん、……?」

ほの暗い辺りに視線をさ迷わせてゆっくりと起き上がるが、見覚えの無い部屋に疑問が浮かぶ。

……ここ、…どこ?私………?


そこで一瞬で最後の場面を思い出す。
砂塵の中、キッドが両手を広げて自分を見上げていた。


「…オ、オカシラさん!?」

一気に甦った記憶に半ば叫びながら立ち上がるが縫ったばかりの腹が痛んで足が縺れる。

「おっと、ハイハイ。慌てない。」

突然声が聞こえて顔を上げると、見た事の無い顔が現れて咄嗟に身構えるサラ。
すると、その見知らぬ顔が苦笑いを浮かべる。

「ここは私の診療所だ、それから君の言う《オカシラサン》とやらも無事だよ。今は隣の部屋にいるんだが…」

説明される言葉をゆっくりとサラが理解すると、よれよれの白衣をきた女性が呆れた声で続ける。

「君から言ってもらえないかな?怪我人は休んで貰わないと困る、って。」

そして促されるまま着いていくとベッドに四肢を投げ出し、白い包帯に巻かれたキッドがそれでも銃を片手に起きていた。

「鍛えられた人間は無意識にでも急所を庇うもんだけど、ありゃ殺しても死なんよ。」

とにかく休むように言って欲しい、と入り口に立ったままのサラの背を押して女医は部屋から出ていった。



不機嫌そうなキッドにサラは一瞬戸惑いながらゆっくり近付く。

「……オカシラさん…」

小さく呼べばギロリと視線を向けるキッド。

「おい、バカ女。お前は何であんな所に居やがった?」

上半身の殆どが包帯に隠れているのに、いつもの迫力は少しも衰えていない。

「…オ、…」

「お?」

「オカシラさんを、助けたくて……」

…あぁ、なんて自分は傲慢だったのだろう。
今、目の前にいるキッドはいつも通りで。

自分の助けなど何の役にも立っていない、そんな気になって落ち込んだら、追い討ちをかけるようにキッドの溜め息が零れる。

「はぁーーーー……」

思わず俯くサラの頬にふわりと温もりが添えられた。

「…傷は…平気か…?」

今まで、この男にこんなに優しく触れられた事があっただろうか?

自分の方がよっぽど重傷そうなのに。
声を出したら涙が零れそうで、サラは黙って首をこくこく、と動かした。

「おいっ!」

突然出された大きな声にサラが顔を上げれば、目の前のキッドは扉の方を睨み付ける。

「…はいよ。」

すると先程の女医が姿を現した。

「ここに解毒剤があるだろ?」

キッドの問いに頷きながら女医が聞き返す。

「あるのは、あるが…あんた等には必要ないだろう?」

「…船の連中だ。オレのクルーが毒にやられてる。」

「なっ!?それを早く言いなよ!海草を食ったのか?」

捲し立てられるように問われてキッドは首を振る。

「いや、食ったのは魚だ。」

「魚!?どれ位の魚だった!?」

魚のサイズがどう関係があるのか、キッドは眉を寄せ訝〈いぶか〉しんだ。


「生物濃縮だよ、知らないのか?」

《生物濃縮》

それは、食物連鎖の過程において上位捕食者になればなる程体内の毒が濃くなっていく現象だ。

この島で言うなら、もともと毒を保有している海草を小魚が、そしてその小魚を食べる大きな魚が、そのまたそれらの魚を食べるより大きな魚が。


と、いった具合に大きな魚になるほど毒の濃度が濃縮されていく。





「食べてから6時間。…ギリギリってところか。」

言いながら慌ただしく必要な道具をリュックに詰め始める。

「船はどこ?」

そう問うた瞬間、数人の足音が外の闇から聞こえた。

「……来た、海軍よ。」

しゃがんで窓辺から外を伺う。

キッドはサラを抱き寄せながら部屋に灯されたランプを吹き消した。


「…船はここの裏手に回した。外のヤツはオレが何とかする。」



木の影や、藪の中。
時折吹く風の音に混じり、無数の足音が小屋に近付いていた。
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