Dream・ファントムPain2

□ファントムPain 新参
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「なんか、…今日も元気無いな。」

そう話しながら甲板で思い思い過ごすクルー達がブリッジの上を見上げる。

マストに張られた数本のロープには洗いざらしのシーツやシャツが等間隔にはためいている。

ここの所雨が続き、溜まりに溜まった洗濯物。
聴こえるアンニュイな旋律。

せっかくの晴れ間だからと、甲板で日光浴するクルー達。
日頃の粗暴さはどこに行ったのかその穏やかな声に聞き入っていた。

しかし、ここ最近彼女の歌声に以前の様な張りが無いのを何となく誰もが気にしていた。


船の最後尾ではダリアが黒曜石の瞳を細めて飛沫を上げる海面を見つめていた。

それは楽しそうに、サラの旋律に合わせて鼻唄を歌いながら。



「なにやってる?」

ダリアの背後から声を掛けたのはキッドだ。

「………別に。」

ダリアは素っ気なく答えて踵〈きびす〉を返す。

が、その腕を掴まれて直ぐに動きを止める。

「………なぁに?ストーカーさん。」

挑発的な瞳でダリアは自分を押し留めるキッドを見上げた。

「…………」

暫くそんなダリアを睨〈ね〉め付けていたキッドが興味を無くしたようにその腕を解放する。

「フン、」

と鼻を鳴らしてキッドがその場を跡にした。

「………危ない危ない、」
気を付けなくちゃ、そう言ってダリアはその長い髪を掻き上げた。





……やっぱり、オカシラさんも、そうなのかな……

干し終えて空になった洗濯籠を抱えながらサラはぼんやりとさっき耳にした話を思い出す。

『イヤー、多少カネ取られても構わねぇよなー。』

『あんなべっぴんの医者ならな。』

『それに見たか?ボン・キユッ・ボンだぜ。』


そう言って伸ばした両手の幅を広げたり狭めたりするクルーは鼻の下が伸びっぱなしだった。

それに今のキッドとダリアのやり取りを目の当たりにしたサラは、大きくため息をついてぼんやりする。

自分が居るブリッジからは甲板で何を話していたかまでは聞こえなかったが、腕を触ったり(実際には掴んだだけなのだが)、見つめ合ってた(実際には睨み付けていた)。


「おぅ、どうした?お嬢。」

クルー達と同じく日光浴でもしていたのか、上半身裸のヒートが気づけば真横に立っていた事にサラは驚いた。

「ヒっ、ヒートさん!」

「おう。」

何気なく返事をしたヒートだが、自分をみとめて直ぐに真っ赤になったサラに笑いを浮かべる。

「お嬢、キッドのカシラは何時も半裸だぞ?まだ、慣れないのか?」

「す、すみません。」

揶揄しながらもTシャツを着直してくれるヒートにサラは頭を下げる。

「それより、どうしたんだ?」

「何がですか?」

「何がって…ぼんやりしてたろ?」

「あ、……あぁ……暑くなりましたねっ!」

「あぁ、まぁな。次も夏島かもな。熱中症には気を付けろよ?お嬢。」

覗き込むように自分を見るヒートにサラは苦笑いを浮かべた。

「は、はい。気を付けます。」

クルー達がバッタバッタと倒れたあの島でサラも倒れたがあれは毒でも無く、熱中症だったと診断されたのだ。
そこでまた性懲りもなくサラはダリアを思い浮かべた。

『熱中症ね、…もう大丈夫だと思うけど、一応点滴を打っておくわね。』

そう微笑んだダリアは本当に美しかった。
黒い瞳と黒い髪が、彼女の唇の赤をより引き立てていた。




「……ヒートさんも、やっぱりボン・キユッ・ボンが良いですか?」

突然問われてヒートは『ん〜〜』と考える。

「ま、無いより有るに越したことは無いわな。」

どちらかと言うとヒートは体つきよりもテクニック重視だ。どんなに美人でそそられても、ベッドでマグロじゃ疲れるだけだ。

「それより俺はな、………って、お嬢?」

未だに男女の関係では無さそうな自らの頭。
いっそ彼女に誘惑でも仕掛けさせようとヒートが話し出そうとしたがサラはそこに既に居なかった。



ヒートに言われたからでは無いが、また倒れたら迷惑を掛ける、とサラは食堂でお茶でも飲もうと扉に手を掛けた。

するとさっきまで甲板に居たキッドの声が聞こえてサラは嬉しくなる。

でもそんな気持ちは扉を開けて直ぐに消え失せた。

「ちょっと、それ何〜?」

ダリアの声も聞こえてきたからだ。

「…何だよ?」

見やればそこには何時もは取り合いをしているソファに並んで座りキッドの手を取るダリア。

「ちょっ!?不器用すぎでしょ!」

からかい混じりに笑うのは、キッドの爪に塗られた黒のマニキュアだ。

サラが何時も塗らされるマニキュア。

はみ出したりして不恰好なそれに申し訳け無くなるけれど、キッドのゴツゴツした手に何時もドキドキする。

キッドだって下手くそなそれをバカにしながらも何時も許してくれる。

「これ、塗らない方がましでしょ?それとも私が塗ってあげましょうか?」

ダリアのクスクス笑う声がサラの心をキュッと縮める。

「……うるせぇぞ、ダリア。」

忌々しげに放たれたキッドの声にサラは駆け足でその場を離れた。




「人が親切に言ってあげてるのに、うるさいは無いんじゃない?」

尚もクスクスとバカにするダリアにキッドは舌打ちしながら立ち上がる。

「テメェの『親切』は金が掛かんだろぅが。…それにオレはこれが気に入ってんだ。」

そう言って食堂を出ていったキッド。


「…気に入ってるって、……アレを?」

はみ出たり掠れたりしているキッドの爪先を思い出しながらダリアはその場で首を傾げた。
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