Dream・ゴールデンRule
□ゴールデンRule その3:神が平等なんて誰が言いましたか?
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「だーはっはっはっは!!!ふちゅっ、《不注意》て!ダサっ、ダサ過ぎだぜ!?お頭〜!」
ヤソップもルゥも甲板を転げ回って笑いだす。
「っく、手前ぇら…人の死に様馬鹿にしやがって!」
そんな二人を憎々しげにシャンクスが睨むが、ベンの一言で益々笑いが止まらない。
「あんたには似合いの死に様だな。」
やがて夜も更け宴もたけなわ、皆自室に戻って行ったり甲板でごろ寝したりと、漸く夜の静けさを取り戻した頃。
足音も無く少女が歩いている。
2、3歩進んだ辺りで、その身体が浮き上がる。
フワリと浮いたあと、ゆっくりと舳先に着地した。
夜の海は真っ暗で、不意に死を連想させる。それでも頬を撫でる風がひんやりと心地良かった。
月の光にシルエットを写した少女が小さく身動ぎした後、その背中から一瞬で羽が広がる。
それがそよそよと風に靡けば少女はホッと息を抜いた。
すると少女は徐に、誰居ること無い背後の闇に話し掛けた。
「…私を見張ってるんですか?ベン・ベックマンさん。」
声を掛ければ闇の奥からベックマンが姿を現した。
「ま、そんなところだ。」
うちは頭があんなだからな、と言いながら煙草に火をつける。
ポッと灯ったオレンジの小さな明かりにベンの苦笑いが揺れていた。
「……全くですね。どうして貴方が船長じゃ無いのか不思議です。」
彼女の心底呆れたような声音にベンが煙を吐きながら笑う。
「フ。勘弁してくれ。俺にはとてもじゃねぇが、あの人の真似は出来ねぇよ。」
「それが普通です。」
自分の死期を知り、それさえも笑うような真似は《普通》の人間には出来るわけなかろうが、思いながらベックマンを見やれば変わらず煙草を吹かしながら笑っている。
「そういう意味じゃ無いんだが……ま、まだ分からねぇか。」
「?」
「…ところで、……」
と、ベンはさっき見た光景を思い出す。彼女は確かにゆっくりと飛んで舳先に着地したが、羽を出したのは着地してからだ。
「飛ぶのに羽は要らないのか?」
「……、えぇ、必要ありません。ただ、こうして時折風に当てると気持ちが良いもので。」
ベンは、一瞬間があった返事が気になったがそのまま続ける。
「なんだ、羽は飾りか。」
「いいえ、黒い羽を持つ私達の特権なんです。………その代わり、あの《美しい白い羽》は頂けないんですがね。」
そう話す横顔に彼女の本心が滲んでいる。
「……そうか、何だか…不公平な話だな。」
「神は決して平等ではありません。しかしそうあろうと、努力はなさっています。」
「努力ねぇ、俺達の思う神様とは大分違うみたいだな。」
「あなた達の言う《神》は、自分達と区別し、神格化させる為のイメージに過ぎません。」
その話しに軽く頷くものの、しっくりとはいかない様子のベンに小さく笑った。
「ご存知でしょう?神は自分に似せてあなた方をお造りになった。」
「…て事は、神はこの世のどんな人間よりも《人間らしい》って事か…。」
「同じですよ。万能であろうとすればする程、そこには矛盾が生まれてしまう。苦悩し、迷い、時には間違う。神は、神たる為に日々努力なさっているのです。あの方は、……平等では無いが、無慈悲でも無い。」
「…お嬢ちゃん達にも、色々あるって訳か。」
深く吸った煙を吐きながらベンが夜の海を見つめた。
「………リツ、」
「ん?」
「私の呼び名です。…『お嬢ちゃん』は止めて頂きたいのですが。」
「…そうだったな。すまん、…リツか。」
目で頷くリツにベンが煙草を揉み消しながら続ける。
「そろそろ寝るか。お嬢ちゃ…、あ〜、リツももう寝ろ。」
「…いえ、」
そう答えるリツにベンが理解する。
「食わないし飲みもしない、おまけに寝もしない、か。」
「はい。必要ありません。…ところで、《あの人》は何処です?」
「頭なら部屋だろ。入ったら廊下の突き当たりの奥の部屋だ。」
あっさりと答えるベンにリツが不思議そうに尋ねる。
「…良いんですか?」
「別に、かまやしないだろ。汚ったねぇ部屋だがな。」
「いえ、そういう事では無く……」
「…俺はお嬢ちゃんを見張るが、お嬢ちゃんは頭を見張るんだろ?」
そう言いながら笑ってさっさと船内に戻って行った。
そんなベンを見送って、リツが背中の羽をしまいながら無意識に呟いた。
「……興味深い。」
神の耳にも届かぬ小さな声は、夜の静寂〈しじま〉に消えた。