Dream・ゴールデンRule
□ゴールデンRule その7:祈る心に神は宿り、甘い花は夜に咲く。〔後編〕
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美女をはべらし酒を飲んでも、どこかソワソワと落ち着かずに視線をさ迷わせる。
隣ではどうにか娘の誘いを断ったベンがシャンクスに呆れた顔で話し掛けた。
「両手に花持って、まだ他の花探しか?お頭。」
「馬鹿、そんなんじゃ無い。ただ…」
そこから話さなくなったシャンクスをベンが酒を煽りながらチラリと見れば、どこか一点を見つめたまま動かないシャンクス。
視線を辿れば、人混みの中に居て尚、目を惹く少女がいた。
両手を胸の前で組み頭を垂れ、祈る姿に目を奪われたのはシャンクスだけでは無い。
彼女の周りに、目には見えない白い聖域が広がってゆく。
シャンクスは息を飲んでその姿を焼き付けた。信仰心などこれっぽちも無い自分が、神を信じたくなる程に美しい瞬間を。
やがて、雲の切れ間から月の明かりが降り注ぎ始める。
瞬間、
街のあちこちに白が浮かび上がった。
花娘達の頭に飾られた蔦の冠。
よく見れば深緑のそれが今は、白い花が咲いた花冠に変わっていた。
甘い香りが街を包んだ。
花が咲いた瞬間、街中から歓声が上がる、それに答えるように頭上から白い花びらが舞い落ちてくる。見上げれば広場に建てられた建物の窓から住人達が花びらを一斉に撒いていた。
一面が花の香りに満たされる。
そんな中でも、シャンクスの視線を奪えるのはたった一人。
両手を掲げて花の舞う夜空を楽しげに見つめるリツ。
降ってくる花びらが彼女の髪に、肩に、止まる。
「……お頭さん?」
女の声に、我に返ったシャンクスがガタリと立ち上がる。
そのまま歩き出すシャンクスをベンが引き留めた。
「………止めとけ、お頭。あの子は、」
「わかってる。」
止めるベンをシャンクスが真剣な目で遮る。
「……分かっちゃいるが、どうしようもねぇんだ。」
リツの傍で花冠に触れるシャンクスの顔は優しさに満ちていた。
「…自分が今、どんな顔してるかも分かっちゃいないだろうが、アンタは。」
ベンは呟き残りの酒を一気に煽った。
その夜、街の宿屋はどこも満室でシャンクス達は船に戻る事になった。
「ホントに好きだな、そこが。」
振り返ればシャンクスがラムを片手に立っていた。
「…あなたもホントに好きですね、それが。」
普段の服に着替えたすっかり平常運転に戻ったリツが、呆れた顔で返せばシャンクスがラムの瓶を揺らしながら苦笑いを浮かべた。
「何見てた?」
舳先に立つリツの横に並び彼女の視線を追う。
街中に灯されたランタンが、夜の闇にぼんやりと島を浮き上がらせている。
「美しい、島でした。街も…人も。」
「…あぁ、そうだな。」
静かに返事を返してシャンクスが、ヨッと飛び上がり舳先に立ちリツと並んだ。
すると、
「ん?」
と、すんすん鼻を鳴らしシャンクスが犬のように辺りの匂いを嗅ぐ。
「…何です?」
リツが訝しげに問えば、シャンクスが徐〈おもむろ〉に彼女の髪に手を伸ばした。
ふわふわとした髪に手を差し込み、そのまま自分に引き寄せて顔を寄せる
「なっ!?」
余りの急接近にリツはその場に硬直している。
さわさわとシャンクスが優しい手つきでリツの絹糸の様な髪を弄んだ。
「………甘い、」
「え?」
囁かれたシャンクスの声が擽ったくてリツが小さく肩を竦める。
後〈おく〉れ毛を掬うシャンクスの指が、そんなリツを諫める様に彼女の首筋をするりと撫でた。
「…花の匂いが、移ってる。」
リツの髪に顔を埋めていたシャンクスが身体を放しニッカリ笑った。
すると何か違和感を感じてリツが自分の髪に手を伸ばせば、
「?」
髪に付いている《何か》。
舳先から海面を覗けば、夜の海に花冠の花を模した一輪の造花が白く映った。
「これ…カミドメ、ですか?」
「あぁ。…綺麗だって、言ってたろ?」
リツにとって、初めての《贈り物》だった。
人間が感謝や、親愛の情を示す為にするのが《贈り物》だと、聞いた事はあっても実際には見た事がなかった。
ましてや自分が何かを贈られるとは考えもしなかった。
……こ、これはっ……
実際体験してみると、なんて面映〈おもは〉ゆいのか。
こんな時は、どうするんだっけ???
焦りながらリツはシャンクスを見つめて考える。
……な、何か言うんだった!た、確か……
「ん?」
口をパクパクするリツをシャンクスが不思議そうに見ている。暫く見つめあったままだったが、リツが突然ハッと我に返った。
「…………、馴れ合うつもりは無いと、言った筈です。」
冷たく言い放ち顔を背ける。
「…どうした?」
何だか違和感を感じてシャンクスが聞き返すが、答える気は無いらしい。
フゥ、と小さくため息をついてシャンクスが舳先から降りる。
「…さて、寝るか〜。」
チラリともシャンクスに視線を向けないリツに、それでもシャンクスは笑いかけた。
「落ちるなよ?」
そう言って船内に戻っていった。
リツが髪留めにそっと触れる。その顔には悲しみの色が浮かんでいた。
自分は、何かを贈られる立場では無い。
自分は彼の命の最後を見届ける死神だ。
もしかしたら、この男は死なないんじゃないか?
そんな馬鹿げた事を考えた事もあった。
そして、どうかそうでありますようにと祈った事も。
だが確実に近づいて来ているのだ。
さっき見たシャンクスの笑顔。
その顔に、
リツが見たくはなかった《死相》が、より濃く現れていた。