Dream・ゴールデンRule

□ゴールデンRule その10:神は愛をその息吹に込める。
2ページ/2ページ




振り下ろされる大剣に、シャンクスは反応する事が出来なかった。

筋肉や骨はどこにいってしまったのか、体のどこもかしこも自分の意思では動かせない。相手の動きは奇妙に鈍く見えるのに、自分はそれ以上に鈍いのか瞬きも出来ずに傍観するしかない。

この腕以外の理由で死ぬなら良いか、

そんな事を考えて動こうと藻掻く意思すら手放した時、予想していなかった音が聞こえた。


金属がぶつかり、振るえる音。
鼓膜を痺れさせる何度と無く聞いた音だ。


『ギィィィィィ…ィン』

尾を引く様に響いたそれにシャンクスは視線を音の出所に向けた。

男が振り下ろした大剣はシャンクスの目前で止められている。黒い鋼で出来た細い柄の先には、カラスの濡れ羽〈ぬれば〉のように黒く光る大きな弧を描いた刃〈やいば〉が見えた。

一振りで大剣を弾き、身の丈程もあるその《鎌》を持つ者の背に、シャンクスは驚きの視線を向けた。

「…、死神の、鎌か?」

背後から聞こえたシャンクスの問いかけに薄く笑っただけでリツは目の前の男達に構える。

「…残念ですが、彼の首には先約があるんです。」

身の丈か、それ以上の長さの鎌を全く重さを感じさせない動きで振るい男達にその切っ先を向けるリツの声は今までに聞いたどんな声より冷たく響いた。

だがその鎌は、《死神の鎌》だ。


《デスサイズ》と呼ばれるその鎌は、死者の魂と肉体を切り離す為と聞く。

シャンクスの覚えている限りでは確か《生者》は決して斬れない、この世では無用の長物だったはずだ。
それに何より、人の生死には直接は関われないとリツ本人が言っていた筈だ。


「…っ、ガキが!!」

弾かれた大剣を持つ手がジンと震えた。男は目の前の自分の半分も無い様な華奢な少女に一瞬怯んだ。

彼女の、一種普通ではない空気に気圧されたのだ。
しかし、そこは腐っても海賊。プライドが許さないのかさらに激昂して彼女に向かって構え直す。
そして後ろに控えていた3人の男達と一気に襲い掛かった。



それは一瞬。

ほんの数秒の出来事だ。

最初の男をリツがいなした。二人目の男も押し返した。シャンクスの考えた通り、彼女の鎌は生者を斬れない。三人目の男は弾かれた二人の間を縫ってシャンクスに向かって近づいている。リツも同時に走り込み、振りかざされた刀を鎌で受けた。

そこで四人目の男が現れた。
先の男の影から出てきた四人目の男が、
前の男の脇の下から剣を突き出す。

両手を上げて三人目の男の剣を鎌で防いでいるリツは勿論動けない。
だが、彼女はそんな事は構いはしなかった。

自らの持つ《デスサイズ・死神の鎌》が生者を斬れないように、生者の振るう武器も又、彼女を傷付ける事は出来ない。

だが、例えそうで無かったとしても彼女を傷付ける事は不可能だろう。

彼女の傍には、


「シャンクスさん…?」



彼女の傍には、
《赤髪のシャンクス》と呼ばれる男が居るから。




四人目の男の剣が貫いたのは、

「っお頭!!!!」


リツでは無い。

「シャンクスさん!」


駆けつけたベン達が邪魔な男達を一掃した。

急に静かになった室内にはベッドに右手を突き床に膝を付くシャンクス。そしてベッドと自分の間に囲み込むように挟んだリツの茫然とした顔。




一瞬だった。

シャンクスが四人目の男からリツを庇ったのは。



「……な、なんで………」

膝を付くシャンクスと、同じ様に膝を付きそれを支えるリツ、茫然としたその問いかけに、彼女の薄い肩口に頭を凭せ掛けたシャンクスが小さく笑ってゆったりと顔を上げる。

「…良いんだ、これで。……いや、これが良いんだ。女庇って死ぬってんなら、ドジ踏んで死ぬより、マシ……だろぅ?」

「なっ、なんて馬鹿な事を!?私はっ、「リツ、」」

自分は例え斬られても、刺されても死なない。
そう言おうとした。だがそれはシャンクスに呼ばれて遮られた。

「…今、…名前、」

「フッ…、あぁ、そうだな…、呼んじまったな…」

貫かれた胸からは、まだ血が流れ床を染め続けている。なのにシャンクスは口端に笑みを浮かべ、もう怠くて仕方無い自分の残された右手でリツの頬を初めて会った時と同じ様に突っつく。
そして最後にユルリと撫でた。


「…持っていけ。お前にやるなら、本望だ…」

リツの柔かな頬を撫でた手がだらりと落ちる。


不思議と痛みは感じない。
もうまぶたを開けているのすら怠かった。

刹那、深緑の瞳が間近に見えた。
リツの、あの美しい緑の瞳が。





唇に暖かな感触。
甘い吐息がシャンクスの身体に吹き込まれる。



…………あぁ、花…だ。


あの美しい島の、美しい祭りで見た。
月夜に浮かんだ真っ白な花。

名も知らぬあの花。

名前は知らずとも、

あの花の香りを、
………俺は覚えてる。

リツから香ったあの花の香りを。
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ