短・中編置き場

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『僕という枷が無くなった桃園は動きます。接触、または夢で何かしてくると思いますから天津、気を抜くんじゃありませんよ』
「はい。四六時中、24時間、トイレ、お風呂、夢の中まで隅々警戒し常に戦闘態勢です」
『……瑛良を頼みます』
「はい。絶対に桃園に瑛良様は渡しません」


天津は柳からの電話を切るとメールが受信されているのに気づいた。

相手は柳霜士の双子の姉、霜花。
“霜士は出れなくしてるから安心してね!”と、いう文に付属されていたのは猫耳を着けメイド服を着せられたであろう霜士が泣いている写メだった。そんな格好をしたら外に出ることは出来ない。天津は霜士を可哀想だと哀れんだ。まだ霜花の着せかえコスプレは続くだろう、姉の霜花に逆らえない霜士が本当に可哀想だと思った。


「紅太郎、電話は終わったか?」
「はい」


学園の生徒会室前の廊下で天津は電話をしていた。扉から瑛良がタイミングを計って出てきたその手には5枚ほどのプリントの束が握られている。


「その書類を何処へ?」
「3枚は風紀に、2枚は体育祭前にテントを張る作業を手伝って貰う旨が書かれている。コピーして各運動系の部活顧問に渡してくれないか?」
「はい、かしこまりました」


返事をすると天津は分身を2つ作りプリントを受け取ると影の中へ消えて行った。

それを見送ると天津は生徒会室に入り庶務の席に座っる。


「天津、後どれくらい分身は作れる?」
「申し訳ございません、分身は2体までなんです」
「では分身が戻ってきたら戻さずに維持は?」
「出来ます」


ふむ、と瑛良は手を口に当てると少し考える素振りをした。
天津はそんな瑛良の姿に美麗です、唇を当てている御手を舐めたい……と話と違う事を考える。


「天津庶務」
「は、はい!」


麗しいっ、と魅入られていると瑛良は手を離しプリントを印鑑を纏めだす。

天津は庶務と呼ばれたと言うことは召使いとしての自分ではなく学園の生徒、庶務の自分を求められていると切り替えた。


「お前に生徒会長と同等の権限を与える」
「え?」
「俺の代理にこの書類に判子を押してやることは此処に書いてある」
「あ、瑛良様は?」
「鬼塚風・雷の奪還作戦に必要な事をする」
「それは私がしますから瑛良様はご自分のお仕事をなさって下さい!」
「駄目だ。風と雷は俺の手で取り戻す」


瑛良の真っ直ぐな瞳に天津は胸を射られた。
風と雷は高等部に入ってからの付き合いで生徒会メンバーの仲間だ、天津と柳と比べると付き合いは短い。けれど助けようとしている。あぁなんて仲間思いなんでしょう!と天津は感動していた。


「天津、お前の美術の成績は?」
「……2、です(10段階評価)」
「尚更無理だな」


天津の弱点の一つ、作品制作が重視される美術を突かれるとは思っていなかった。そして何故美術が出てくるのかも不思議だったが突然瑛良が引き出しから紙とペン、インクや物差し、消しゴム、シャーペン、ホワイトを机に置き出す。
天津は瑛良が何をしようとしているのか解った。


「ま、まさか瑛良様、それで風と雷の洗脳を解くと言うのですか?」
「そうだ」


そんな簡単にいきませんよ!と言おうとしたのだが間髪無く瑛良は続ける。


「ものは試しだ。コレで無理だったら他の方法を考える」
「他の方法とは?」
「思いついてない。取り敢えず今はコレしか無い、無謀でも1%でも可能性があるならそれにかけるまでだ」


瑛良様格好いいっ!とトキメキそうになったが天津は頭を振った。


「そんな事をしなくても桃園を倒せば良いことです!」
「天津は嫌だと思わないか?」
「何をです?」
「もし自分が洗脳されていたとしてだ、俺が柳、風、雷を洗脳から解いて助けたのに自分だけ助けられずにいたら……どう思う?」


天津は想像する。
自分も桃園に洗脳され洗脳を解かれた時、瑛良の周りに柳、風、雷が居るのに自分だけ桃園側に居たら……想像すれば胸が張り裂けるほど痛い。どうして?私は必要ない子?瑛良様にとって無関心な存在だったのですか?価値が無いから?嫌だ、嫌だ、どうして、自分だけっ、


「嫌です、そんなの嫌です、瑛良様、捨てないで、私、何でもしますから、いらないなんて言わないで下さい、私は瑛良様だけ、瑛良様だけなんです、だから、だからっ、ヒッグッ、ふぇぇぇ」
「うぉっ!泣くなっ!例えばの話だ!お前が洗脳されていたら……お前達を取り戻すどころか記憶は全部三日月に食われて俺は廃人になって化け物共に食われていただろうよ。紅太郎が洗脳されずに俺の側にずっと居てくれたからこうして居られる」
「瑛良様っ、ゥッグッ、グズッ」


ゆっくり、優しく瑛良に抱きしめられ天津は無意識に抱きしめ返して落ち着きを取り戻していく。
記憶が無くなっても優しくて信頼してくれる瑛良に悲しくて痛かった胸が嬉しい痛みに変わる。


「解ってくれただろ?風と雷は取り戻す。俺の力だけでは無理だろうから手を貸してくれるな?」
「はいっ!勿論です!」
「良い子だ、紅太郎」


耳元で言われ耳に軽くキスされただけだ天津の身体はゾクリと震え腰にキた。
間近の側で香る瑛良のシャンプーリンスの匂いと混じり黄金の果実の甘い匂い。
加えて見える首筋の輝きの誘惑。

噛みたい、飲みたい、でも駄目、あぁでも飲みたい、脱がせたい、貪りたい、シたい、交わりたい、とろけたい……ダメダメダメダメ!でも、甘噛みだけでも、舐めるだけでもっ、

1人で葛藤し少しだけ、と誘惑に負けて首筋を舐めようとした時だった。


「おっと、時間は無い。頼んだぞ天津庶務」


スッと離れてしまった瑛良。
その顔はいつも通りだ。
天津1人が熱くなり熱を籠もらせている。


「あ、瑛良様っ、」
「判子とプリント置いておくぞ。やることリストはパソコンに張り付けたメモを見てくれ」
「そうじゃ、無くて」
「俺は集中する。邪魔は休憩のお茶の時と質問がある時だけだ。良いな?」
「…………はい」


紅太郎は折れた。
ムラムラするのを沈める為にもガジガジと自分の指を噛んだ。


(瑛良様の馬鹿ぁぁぁぁあ!分からず屋ぁぁぁぁあ!押し倒したい押し倒したい押し倒したいぃぃぃぃい!)


と、天津は怒りと悲しみの思いを判子押しとパソコンのタイピングで発散させた。
その判子をバンバン押す力や高速のタイピングの早さにちら見した瑛良が二度見して驚いたのは言うまでもない。


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