清月番外編

□会計でない、もう一つの尾車の話。
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「全員集まれ。次の大会の出場者を発表する。まず団体戦はー……」


剣道部に入部してから毎回大会では選手発表に必ず呼ばれる俺。
呼ばれたら入部しているファンの子とかがおめでとうございます、流石尾車様!と、祝福してくれる。

けれどその陰では俺が選ばれる事に不満が有る奴は少なからず居る。
俺に実力は有る。けど、人気もあって生徒会と掛け持ちしてるし部員より練習量が少ない。
なのに選ばれる俺を妬み、小言を言う部員が居るのは解る。
まぁ、毎回のことなので俺はスルー出来る。

だが、今回の団体戦は前回の大会で選ばれた選手が選ばれていない。
実力は有るが運悪く当たる相手は全員俺か副将、大将が相手でやっと勝てると思われる相手ばかり当たって全敗していた。
けれど諦めずに頑張っていたし、負けたからと言って今回選ばれないってどうかと思う。

見ればその先輩、凄く顔色が悪くなってる。
きっとこのままでは退部してしまう。
そしてこの後の人生にも左右されるだろう。
あの子の筋は悪くない。
本当に運が悪かった。


俺への小言なら慣れてるけど先輩に対して言うのはどうかと思う。
一度も選ばれたことが無い癖に。
コソコソ聞こえてきて不快。嫌になる。

先生も先生だよね。

さてさて、いつもなら異議無しで終わって練習に入るけども今回は違うんだよ。


俺は手を挙げて申す。


「先生、俺、前の試合で勝てば今回出なくて良いって言いましたよね」
「は?何言ってるんだ尾車」
「約束したました!俺、その約束が有ったから勝ったんです。なので今回は大会に出ません。それに生徒会の仕事も立て込んでいて練習にも出れる予定が立てれません」
「いや、尾車、お前ならいつもそんな事を言わずとも」
「シャーラップ!出ないったら出ないので俺の代わりは山口先輩に出て貰います!では大会頑張って下さい。俺、大会が終わるまで休みますので。失礼します」
「待ちなさい尾車!尾車ぁあ!」


俺は止まらずに道場を出た。
それから着替えて更衣室を出て寮に戻ろうとした時だった、


「尾車!」


俺を呼び止める声は鈴村の鈴ちゃん。
それに隣にはあの先輩のこと、山口先輩も居た。


「なに?うおっ!」
「お前、俺を哀れんだのか!同情して譲ったのか!」


山口先輩は俺の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
顔近っ!声でかっ!凄い剣幕!怒ってる!


「直ぐに取り消せ!お前に同情されるほど柔ではない!」
「なら、俺の代理で出ても勝って来てくれますよね?」
「だから代理など立てずに自分で出ろ!」
「無理です!」
「何故だ?!」
「俺、大会の日約束が有るんです!大事な大事な約束が入ってるんです!だからどちらにせよ先輩に出て貰わないと困るんです!」
「……はぁ?」


山口先輩は俺の必死な言葉を聞いて落ち着きを取り戻したのか、力を抜いて胸ぐらを掴んでいた手を離してくれた。


「……約束が入ってるにしても別に俺を指名しなくても良いだろう」
「いえ、山口先輩じゃないと。俺、山口先輩にはずっと目を付けてましたから」
「え?」
「先輩は先鋒より中堅の方が合ってると俺は思うんですよね。先鋒って野蛮人ばかりで先輩は真面目で野蛮人では無いので……それに、俺の代役は山口先輩しか考えられませんので」
「尾車、お前……」
「なので!俺の分まで頑張って勝ってきて下さい!ちゃんとお土産買ってきますから!」


山口先輩は渋々と言う感じで俺の代役を受けてくれる事になった。
いやぁ、助かった、本当に。

山口先輩は剣道場に戻って先生に言ってきてくれるだろう。

さて、次の問題だ。
どす黒いオーラで顔を顰める鈴ちゃんである。


「おーぐーるーまー」
「なーあーにぃー?」
「約束って何だ?」
「えーとですねー……」
「何だ?」
「西ノ京先輩と坂木に誘われてクラフトバザーに行くんだぁーよぉー!えへっ!」


なんて、似合わないブリッこ風に人差し指をホッペに当てて頭を斜めに傾けてみた。
うん、可愛くない男がするもんじゃ無い。
鈴ちゃんの顔が更に顰まれるんだもん!


「お前!剣道部の大会より趣味か!」
「大会は大切だけど、俺にも休みが欲しい!趣味に走る休みが欲しい!」
「本心か!」
「うん!剣道部と生徒会ばかりで鬱憤が貯まってるから晴らしたい!」
「……だからって坂木かよ、」
「坂木は部活の一員だから居るのは当たり前だけど?」
「俺より坂木の方が……」


と、鈴ちゃんは目を据わらせて言っていたのだが、急に目の前に煙が立ちこめた。

あ、コレは……


「……」(ダンダンダンダン!)
「どんな危ないことを考えてたんだよ、鈴ちゃん」


煙が晴れると視線は下がりくしゃくしゃな服の上に不機嫌で足をダンダンダンダン踏む黒兎の鈴ちゃんの姿が有った。

鈴ちゃんは餅君から呪いを受けて狂気な思考に走ると黒兎になる呪いを掛けられている。
黒兎になれば話せないし、冷静に平常心を取り戻すまで戻れないし、黒兎になってしまったら5分間は黒兎のままだと実験で検証済みである。


俺は胴着と鈴ちゃんを抱えてベンチに座った。


「鈴ちゃん、坂木っていう単語に反応しすぎ。最近坂木と会ってないし、話してないし、電話もしてないんだよ」
「……」(ペシペシペシペシ!)


小さな両手で叩く黒兎鈴ちゃん可愛いなぁ……癒される。


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