清月番外編

□坂木の不運話。
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朝、起きて洗面台の鏡を見ると耳が生えていた。

普通の人間に耳が生えているのは当たり前だが俺が言っているのは普通の耳ではない。と、言うよりこんな出だしなのだから普通の耳ではない事くらい察してくれ。

鏡を見て何度も瞬かせて目を擦った。

有り得ない現実に夢ではないかという確認だ。もちろん頬も抓って痛かったので現実だった。その耳をそっと触ると暖かかったし、根元もくっついていて離れないと発覚する。穴付近を触ればゾゾッとした。

頭に生えている耳は形的に猫や犬ではない。これは短いけど、兎の耳の形。兎の耳と言えばこんな姿にした犯人は奴しかいない。

急いで部屋に戻り、ベッドでスヤスヤヨダレを垂らして呑気に爆睡しているこの耳垂れウサギ!


「餅助!起きろ!」
「むー?」
「俺に何をした!この耳をどうにかしろ!」
「むー……スピー…スカー」


首を掴んで持ち上げて朝から大声で言っているというのにこの兎は起きずに鼻提灯を膨らませて寝たまま。
起きなかったコイツをベッドに投げつけなかった俺を誰か褒めてくれ。


「どうしたんですか先輩?」


扉を開かれドキッとしたが遅かった。
俺と同室の竹内君と目が合って、頭を見られ、また目が合った。


「先輩っ、その頭はっ!」
「うわぁぁあ!見るな竹内君!俺にだって解らねぇよ!餅助の仕業としか解らねぇんだよ!でもその餅助は寝てて起きねぇ!」


起こしてくれと餅助を押し付けるが竹内君はまじまじと俺の頭の兎の耳しか見ていない。


「ほ、本物ですか?」
「そんなことは良いから餅助を起こしてくれ!」
「さ、触りたいです」
「もう触ってるだろ!」


さわさわと優しく触られて擽ったい。
くそっ、飾りだったら良かったのに!


「餅助君は昼前まで起きません」
「どうにかして起こせないのか?!」
「無理ですね、諦めてください」


そんな……諦めるったって学校どうする?!
この耳が生えてるまま登校しろって言うのか?!


「耳がひょこひょこ動いて可愛いですっ!」
「ひょこひょこって……んっ!」
「あ、下がりましたね。髪だと言っても違和感は無いと思います」


おっ、なんとか自力で耳を下げられた。
自分で動かそうと思えば動かせる様だが突然の大きな音とかには耳が立ちそうだから気を付けなければ。


「あの、先輩」
「なんだ?」
「尻尾は生えてないんですか?」


尻尾は……生えていた。触ったら仙椎(赤ちゃんの蒙古班が出来る所と言えば分かり易いだろう)にモフッとした塊があり、自分で触ってなんだがブワッとして嫌な感じがした。


「……尻尾はベストで隠せると思うから大丈夫」
「あの、触らせては」
「駄目だ」


咄嗟に尻尾を隠す。
ベスト、1つサイズ大きめを着てて良かった。
ダホッとしたゆとりが有るから膨らみに違和感は無いと思いたい。


「取り敢えず、朝飯だな」
「そうですね」


日課のランニングは中止にして少し豪華な朝飯を作ろうと部屋を出て冷蔵庫からチーズやハム、レタスやトマトを取り出して食パンを焼いて……と、考えながら動いてレタスを洗っているとズボンを下ろされグワシッ!と尻尾を掴まれた。

犯人は解っているというか竹内君しかいない。


「コォォオラァァァァア!!!!」
「ひゃー!ごめんなさいっ!凄く触り心地良かっです!!」
「こっちは最悪だ!」


体中にビリっと電気が走ったみたいになるし、耳はさらに立つし、鳥肌が立ち始める始末。
竹内君の目は凄くキラキラして輝かせてる様子から反省はしていない。


「竹内君の朝飯はチーズと牛乳だけな」
「え?!ごめんなさい!もう耳しか触りませんから許して下さいっ!」
「耳もダメ」
「っ……じゃあチーズと牛乳だけで良いです!」


何故耳の方が大切なんだ。
その優先順位は解せない。


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