平凡勇者と腐った魔王様

□プロローグ
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家を追い出され2日目にしてチャムル・カブリアは気づいた。

山2つを超えたのに建物一つ見えず周りはまだ木々に覆われ、元来た道を歩こうにも360度同じ風景にしか見えない。
己は家付近以外出たことが無い為、地図を渡されても地図の見方を知らない。
つまり、地図は見ても持たされても無意味であり現在進行形で迷子である。

「どうしよう、だ、誰か居ないかぁ……」

持たされた鞄の食料と水は尽き、季節は冬で地面は少し雪が積もっていて歩くだけでなく寒さにも体力が奪われていた。

助けを求めても人はおろか動物も冬眠中なのか見当たらない。
木の実も季節でない為実っておらず、川の音は全然しない。
寒さと空腹と迷子という現実に、チャムルは涙目で挫けていた。

「くずっ、誰か助けてぇ……」

涙が頬を流れると歩くのを止めて立ち止まる。
ポロポロ涙が止まらず、絶望と帰りたい気持ちが心を支配して座り込んでしまった。

「ふえぇ、死にたくない、こんなところで死にたくないぃぃぃ!」

自分の未来が死しか想像出来ない。
このまま飢えて死ぬのか、寒さに凍えて死んでしまうのか。
死ぬなら母のいる暖かい家で死にたかった。

そう思いながらえんえんと泣いていると、突如、救世主が現れた。

「こんなところに居たのですか」
「っ!」

前から凛とした綺麗な声がして顔を上げると、白くキラキラ綺麗に光る人物がチャムルを見ていた。
眩しくて、目を細めてしまう程の美しさ。

「て、天使様?それとも、雪の精霊?」

惚けたチャムルは無意識にそう言っていた。
その言葉に目の前の人物は一瞬瞠目させると、にっこりと微笑む。

「覚えてないのですね……私は神子です」
「?、かみこ?」
「……人間です。貴方と同じ、特別な人間です」

人間と聞いてホッとするが、特別な人間とはどういう意味だ?とチャムルは思った。

「さて、行きましょうか」
「え?」
「学校です。違いますか?」

目の前に手を差し伸べられ、おずおずと握ると引っ張られ立たされる。
距離が近いと眩しさが強くなった。

「なあ、本当は天使様か精霊なんだろ?」
「どうしてそう思うのですか?」
「言ってないのに俺の行きたい所が解ったり、綺麗すぎるから、な」
「ふふふ、ありがとうございます。ですが、私が天使だったらこの様に触れれませんし、こんな大きな精霊は存在しません」

言われてみれば確かにそうだ。
握られている手はチャムルより少し細く大きくて暖かい。それに、爪先まで整っており綺麗である。
精霊に関しては家の近くの森で3cmから12cmくらいのしか見た事が無い。

「言いましたよね?私は特別な人間だと」
「……それが、かみこ?」
「はい。ここで話すより暖かい室内でお話した方が良いでしょう。そろそろ奴が煩そうですから行きますよ」

やつ?って誰だと思うと同時に地面に魔法陣が浮かび上がり眩しい光に包まれる。
反射的に瞑目すると頭が重くなりグワンッと回る感じがした。
眩暈に似た感覚だと言えばわかり易いだろうか。
立っていられず、倒れそうになるのを抱き止められた。

「大丈夫ですか?」
「っ、ごめん、ちょっと、気持ち悪いかも」
「移転魔法は初めてでしたか?」
「うん」

周りを見れば360度木々でお生い茂っていた場所から無機質な壁や黒革のソファーやガラスのテーブルのある部屋に居た。
これが移転魔法かと感動したいところだが、まだ目と体がグルグル回る感覚が抜けない。

体を支えられたまま、黒革のソファーに座らせられた。

「距離もありましたし、初めてだとキツかったですね」
「んっ、」

額に手を当てられると、額が仄かに暖かかくなる。
すると、直ぐに目と体が回る感覚が無くなりスーと全体的に軽く楽になるではないか。

「これでいかがですか?」
「え?あ、あれ?」
「治癒魔法をかけました。まだ何処か痛んだり悪いところはありませんか?」
「全然!…これが、治癒魔法」

移転魔法と治癒魔法にとても便利だと感動した。
魔法は凄いと思ったのはチャムルは生まれてこの方1度も魔法を使ったことが無ければ見た事も無かったからである。
生活は全ては魔法の無しの自分の手と足の作業で、病気になれば薬草とちゃんとした食事、時に自然治癒力で治していた。

「ありがとう」
「いえ。私の魔法は貴方の為に使うものですから」
「俺の為?」
「はい。私は貴方の神子。私は貴方のものです」

チャムルは綺麗な神子に見蕩れていると顔が近付いていると気付かず、唇と唇が触れるか触れないかの距離になると第三者の声が現れた。

「出来立て熱々アップルパイを食べないか、お二方」
「!」
「チッ、いいところだったのに」

チャムルは慌てて神子から離れた。

そして言いたい事が2つ立て続きになる。
一つは出来立て熱々アップルパイに似合わない、黒くまるで悪魔か闇の化身の様で反射的にゾッと畏怖してしまった事。
もう一つは今まで優しく微笑んでいた天使様みたいな人が顔を歪めて似合わない舌打ちをした事。

白と黒。
天使と悪魔の様な対照的2人が揃った。
と、同時にここに居ずらく肩身が狭いとチャムルは思った。

「入学おめでとう。アップルパイは粗品だと思って食べてくれ」
「あ、ありがとう」
「駄目ですよ。何が入っているか解りませんから。何の毒を入れたんです?痺れ?眠り?下剤ですか?」
「普通のアップルパイだ!それに、入れるなら媚薬だ。だが、俺の部屋でイチャコラはされたくないんでな。イチャコラは別の部屋でしてくれよ。大歓迎で覗き見してやる」
「お断りします悪趣味覗き魔王」
「遠慮するなよムッツリスケベ神子」

白と黒が啀み合う中、チャムルは二人を見ていられずアップルパイを見た。
アップルパイはほっこりとした湯気と表面の艶が見た目の美味しさを引き立てる。
匂いも仄かなシナモンと甘い林檎の香り、焼きたてパイの香ばしさのコンボで鼻腔を擽り涎を作らせる。
作った黒い人は畏怖するほど怖いがアップルパイ自体には毒など入っているようには見えず、超空腹でもあった為、誘惑に負けてフォークを持って一口食べた。

(っ!んまい!こんなの食べたことない!美味すぎて手が止まらない!んまぁぁあ!)

睨み言い合っている2人はチャムルが食べている事には気付かず、3人の自己紹介が始まるのはアップルパイを食べ終わってからになった。


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