漆黒の魔導師
□高慢の魔導師
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任を言い渡された時、一瞬耳を疑った。
なぜなら、このようなことを申しつけられたのは前代未聞だからだ。
内容を聞いたエヴァは偉く喜んでいたが、ルシエルには彼女の思いなど分かろうはずもなかった。
何故、大魔導師である自分が、とこれほどまでに思わなかったことはない。
だが、審判員の言い分曰く、過去にない事例ではないそうで。
赴くは、バラム=エカ。
前衛都市と名高いこの街は、先進国であるカルエラの首都として繁栄している。
評判通り、魔物避け用の隔壁に囲まれた都市は、電飾や街明かりで夜中でも昼のように明るい。
背の高い建物がこれでもかとばかりに立ち並び、車は空を飛び、道行く人たちの多くは、小型の情報端末をいじっている。
先進的な街の様子に、カイルは目を丸くして感嘆を漏らすばかりだった。
「すげー…。噂には聞いてたけど、こんな夢みたいな街があったんだな…。
ってか、俺達、このカッコ、浮いてないか?」
「カイル。あまり、気を反らさないように。かえって目立ちます。
ところで師匠、エヴァさんのことなんですが…」
いつもと全く違う、気合の入った服装と化粧のエヴァを横目で見ながら、クロガネが耳打ちする。
ルシエルはため息しか出なかった。
「今回の任は、出る時に説明したろう」
「はい。確か、ラファエロ・クテシファスという純師の護衛だとか。
ここで待っていれば、迎えが来て、彼の元へ案内すると。
なにか、関係が…?」
「エヴァの贔屓している魔導師にラーファというのがいるのは知ってるな。」
「…まさか、同一人物ですか?」
「ああ。」
合点がいって、クロガネも黙った。
憧れのスターを目の前に出来るとなれば、エヴァがこうなるのも当然である。
しかし、これまでに任に同行するにあたって、白魔導師の制服を着用しないことなどなかった彼女が、あっさりとそれを脱ぎ捨てるとは、ルシエルも呆れて物も言えなかった。
2人の弟子とたまたまやってきたクリスチャンに、女はそんなもん、と言われなければ、現在彼女はこの場に居なかったろう。
しかし、それにしても遅い。
向こうからの要望で、この場で待機しているが、時間になっても一向に現れる気配がない。
カイルやエヴァは目をキラキラさせて街の様子を見ているが、ルシエルには、あまり長居したい場所ではなかった。
と、いうのも。
「…ごほっ」
「…!師匠、大丈夫ですか!」
「いや、大したことはない。気にするな。」
この町は、極端に空気が悪い。
それだけでなく、あちこちにある街明かりや騒音で頭が痛くなってくる。
カイルたちは何事もないようだが、ルシエルには体質上、好ましくない環境だった。
街に入った時から、すこぶる体調が悪い。
以前マリアに言われていたが、呼吸器官、肺に少しの問題が生じているようだった。
この町にあふれる排気ガスの類や、魔物避けに遣われている化学物質のせいだろう。
任を遂行する上で、場所の情報はあらかじめ得てある。
いい加減大人しく待っていられない。
居場所は分かっているので、出向いてやろうかと言う時だった。
東の方だ。
察知して、その方の空を見上げた。
直後、街中に、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
『緊急警報。緊急警報。
只今、東アダム区の13番街に、魔物が出現。
周辺にいる方は、迅速に避難してください。
繰り返します。
東アダム区の13番街に、凶暴な魔物が出現。
周辺にいる方は、迅速に避難してください。』
「行くぞ」
無論彼が放置できるはずがなく、そう声を掛けるなり、魔物の出現場所だと言うそこへ向かった。