漆黒の魔導師

□高慢の魔導師
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「きゃぁああああ!!」

「逃げろ!!早く逃げろぉ!!」

賑やかな街の様子は一転、大通りは悲鳴であふれかえっていた。

その中でも、果敢な者は物陰に隠れながら、魔物の姿を証拠に残そうと、手に持っている端末のカメラを向けている。

一目瞭然であった。

家ほどの巨大な魔物が、道をふさぐようにして、周辺の建物を破壊し、逃げ惑う人々に襲いかかろうとしている。

ルシエルが攻撃の手を向けようとした時だった。

「あ!!見て!!」

「あの人は…!!!!」

まばゆい光と共に、魔物の正面に一人の人物が現れる。

緋色の波打つ髪を、背中まで伸ばした、優男だった。

彼は、両手を広げ、呪文を唱えると、魔法陣を召喚する。

「お座り。」

男は茶化すように笑って言う。

足元を捕われた魔物は、身動きができず、やがて、魔法陣から発生した、爆発的な光によって焼き殺された。

直後、沸き上がる歓声。

「すげぇ…。あいつ、何者だ…?」

カイルの言い分は無理もなかった。

強大な魔法と、圧倒的な余裕。

現れてから、その男はその場所から一歩も動いていない。

やがて、歓声を上げる民衆の方へ振り返る。

彼がにこやかにギャラリーに手を振ると、何人かの女性が倒れた。

この湧きようでクロガネには、即座に分かっていたが、エヴァは悲鳴を上げるように

「ラ、ラーファ様ぁあああ!!キャーーーーーーーーッ!!!!」

後ろのギャラリーと同化していた。

ラーファはルシエルに気付いたらしくこちらに向かってくる。

「やあ、君が、最凶の魔導師、ルシエル・ルファーだね?」

たった今、凶暴な魔物を倒したとは思えないような、優美な微笑みを浮かべる。

ルシエルは一貫して不機嫌だった。

「そちらは、件のラファエロだな。
時計も読めんようだから、一体どんな人物だと思ったが、”ハヤブサ”としての最低限の力量はあるらしいな」

ラーファは軽く笑った。

「すまないね。公演が少し長引いてしまったんだ。
僕は、ヴァルハラのお偉いさん達と違って、色々とやることがあるものだから。」

「それは侮辱とも取れるが?」

「いいや、そんなつもりは毛ほども。
それにしても、驚いたよ。最凶の魔導師が、一体どんなものか、気になっていたんだけど、まさかこんなに若いなんて。
本当に、驚きだ」

ラーファの言った言葉が、妙に鼻に着くらしく、ルシエルは、表情は見えなくとも、非常に機嫌が悪いことがうかがえた。

周辺の電飾が明滅し、街明かりは変わらないはずなのに、落ちる影の色が濃くなった。

不可解な現象に、周辺にいたギャラリーがざわめき始める。

2人の弟子も少なからず畏怖を感じていたが

ラーファは、全く物怖しない笑いを浮かべ

「ははは、冗談だよ!
待たせたことはすまなかった。ほら、機嫌直して!」

軽々しく、ルシエルの背中を叩きながら、肩を掴む。

それから、引き寄せるようにして、ルシエルの耳元に口を近づけた。

「本当に呼ばれた理由が知りたいなら、僕にこの場を任せた方がいいんじゃないか?」

隠すような素振りに不信感が募った。

「なにか良からぬことを企んでいるなら、私を甘く見ない方がいい」

「冗談。そうカッカしないで。
ここは人が多い。カメラにも映ってる。
皆に君を紹介しないと」

「おい、余計なことは―」

嫌な予感がしたルシエルだった。

だが、民衆に向き直った彼の発言を、もはや止めることはできなかった。

上空のヘリからスポットライトが当たり、ルシエルは身を引こうとしたが、ラーファに肩を掴まれていて、不可能だった。

ラーファは、舞台に上がる主役のように、手を上空に掲げ、声を張り上げる。

「皆さん、お集まりいただきありがとう!
この通り、今回も、この僕、ラーファ・クレシェントがこの街の平和を守ったぜ!!」

「きゃぁああああ!!」

即座に沸く、民衆たち。

「ラーファかっこいいぃいいい!!!!」

叫ぶエヴァ。

取り残された、カイルとクロガネは、どうしていいか分からなかった。

「今日は皆さんに、紹介したい人がいます!
彼は、僕の大親友の、ルシエル・ルファーです!」

歓声が止む。

今や、最凶の魔導師であるルシエルの名を知らない者はいない。

その名を聞いて、ギャラリーたちに、一抹の不安と戸惑うが生じた。

どよめきの中、ラーファは変わらぬ明るい声量で続ける。

「彼は、僕の挑戦を受けに、ヴァルハラから、遠路はるばるこの街まで来てくれました!!
彼の誠実さと、この僕との絆を祝福してくれるなら、大きな拍手を!!」

この言葉に、再び歓声が沸く。

大きな拍手が巻き起こり、女性ファンの悲鳴が上がって、エヴァがまたなんか叫ぶ。

ルシエルは、ワケが分からなかった。

「おい、挑戦とはなんの事だ」

「ルールが分かっていない一部の方のために、特別に、教えましょう!
僕が彼をここに呼んだ理由は、本当の最強の魔導師は誰なのか、と言うことを、証明するためです!
皆さんも知っての通り、僕は最強の名を冠するにふさわしい魔導師だ!
だから、彼と力比べをして、それを証明したいと思います!!」

初耳だった。

おい、と度付こうとした時だった。

ラーファの手が、ルシエルのフードの方に向かった。

明らかに、それを脱がそうとしている行動に、反射的に手を振り払い、ラーファと距離を取る。

「何のつもりだ」

スポットライトの数が増え、ルシエルとラーファを照らす。

ラーファはやはり変わらない愛想で、空に向かって言い放った。

「3日後、セントスフール会場で、僕は彼と決闘をします。勿論、魔法を使ったね。
ルールは簡単。彼の顔を覆っているローブを脱がせることができれば、僕の勝ち、出来なければ彼の勝ち。シンプルでしょう?」

歓声の一方、危険なのでは、とラーファを気遣う声も聞こえる。

しかし、ラーファは高々と言い放った。

「ご心配ありがとう!
だが、彼は、曲がりなりにも大魔導師だ。僕も、それに相当する力を持ってる。
双方は勿論、この街の誰一人も危険な目に遭わせるようなことは絶対に起しません。
ああ、勿論、会場事態の安全も保障するよ。
賠償金なんて、払いたくないからね。一度でこりごりだよ」

前科でもあったのだろうか。

そんな口ぶりに、ギャラリーに笑いが沸く。

同時に、ラーファを応援する、ラーファコールも垣間見えた。

「応援ありがとう!それでは皆さん!
期待に応えられるよう、最高のショーを考えるから、続報を待っていてくれ!
テレビ局の皆さんも!よろしく!」

ラーファが指を鳴らすと、2人を照らしていたライトが消えた。

それから、花火のような美しい光のエフェクトが生じる。

パレードの終幕のような華々しいそれに、観客は歓声をあげて喜んだ。

ライトに光が戻った時にはそこに彼らの姿はなく、ラーファへの歓声はしばらくやまなかった。




 



 
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