漆黒の魔導師

□高慢の魔導師
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空気が張り詰めたような気がした。

「…言いたいことははっきり言ったらどうだ?
先ほどと言い、貴殿の言い分には要点がない。
悪ふざけにつき合ってやれる時間はないが」

ルシエルの冷然とした声に、ラーファは変わらない穏やかな口調で返した。

「…じゃあ、言わせてもらう。
君は僕に顔を明かしてくれないようだから、僕は君を信用することはできない。
だから今回の、詳しい任の情報も僕は話して上げられない」

「…何を言い出すかと思えば、そのような子供じみたことを……。
いいか!私は正直貴殿の相手などしなくても一向に構わないのだ!
代わりの闇魔導師を―」

「話は最後まで聞いて欲しいな」

ラーファの言葉に、ルシエルは口を閉ざす。

「僕も困っていたんだよ。ヴァルハラは新しい闇魔導師の成長に伸び悩んでる。
君ほどの強さを持つ闇魔導師は、他にいない。
だが、君は僕に顔を見せないと言う。
ヴァルハラではどうか知らないけど、ビジネスの上では、とても問題だ」

「つまり、私の力は必要だが、私自身とは口もききたくないと」

ラーファはにこやかに答えた。

「流石、大魔導師だね。ただ顔を見せてくれれば、その限りではないけど。
さっき、僕が皆にああ言ったのも、本当は、皆も気になってるはずだからなんだ。
最凶の魔導師ともなる人物の素顔がね。
でも、いろんな噂が飛び交って、それが叶った事は一度もない。
簡単なことだ。ここで顔を見せてくれれば、公の場で、君の素顔をさらすような真似はしない。
テレビ向けの、戦いを”演じる”だけだ。
でも、断ると言うならば、僕は本気で君の顔を晒しに行く」

「…どこまでもふざけた奴だ」

「言ってくれるね。それで、どうしたいんだい?」

ルシエルの答えは決まり切っていた。

「断る」

「…そう。残念だ。
それなら、こちらが提示する条件に従ってもらうことになる。
んー…っとね、よし。君がいいな。名前は?」

言われたのは、クロガネだった。

思いもしない投げかけに、クロガネも少々面食らっていた。

「クロガネですが…」

「クロガネ、か。不思議な名前だね。
君に情報を渡すよ。そしたら、君がルシエルに情報を渡してくれ。
僕とルシエルは、会うことがあっても、互いに言葉を交わすことはない。
僕はクロガネの言うことなら聞き入れるけど、ルシエルの言うことは聞かない。
そう言う風にしてくれないかな」

カイルは、ラーファの言い分を理解していながらも、納得できなかった。

まるで、母親に叱られた子供が、へそを曲げて屁理屈を言っているようで、なんとなく、潔しと出来なかったのだ。

それはクロガネも同じようで、しかし、意見できないでいるようである。

ルシエルはというと、特別驚いた様子でもなかった。

「そちらがその方が都合がいいなら、好きにすればいい。
私も、こう言った事は初めてではない」

「じゃあ、条件を飲んでくれるってことでいいんだね」

「ああ」

ラーファは、よかった、とにこやかにほほ笑むと、傍にいたダンを呼び付けた。

「ルシエルの用事は終わった。彼を近くのホテルまで送っていって差し上げて」

「他の2人は?情報を伝えるのは、その彼だけでは?」

「いいよ。この2人はもう少しいたいみたいだし」

これを聞いて、ダンッと席を立ったのは、何とエヴァだった。

「カイルさん、クロガネさん、行きますよ」

席を立って出て行こうとしたルシエルですら、驚いて立ち止まるほどだった。

憧れの男性を前に、このような所業に打って出たことが驚きだった。

「…君は、僕のファンなんじゃなかったっけ?せっかくだから、夕食もご一緒しようと思ったのに」

ラーファが意外そうに言う。

エヴァは言い分を撤回するかと思ったが

「…貴方の事は大好きです。でも、私はルシェさんの助手です」

「…君も苦労するね。本当は僕といたいのに、彼と行動を共にせざるを得ないなんて」

ラーファに悪意はない。思った事を言っているだけだ。

事実、ラーファは間違っていない。

顔を見せられないような相手を、信頼できないというのはよくある話だ。

エヴァなら、そのことくらい想像は付くはずである。

いつもの彼女なら、顔を見せないルシエルの方を叱るのだろうが。

しかし…

「簡単な話じゃないか。顔を見せてくれればいいだけだ。それだけで、僕は君を信用して、重要な情報を話してあげられる。
何も難しいことじゃないだろう?ルシエル。
フードに細工があると言うなら別だけどね」

「何も知らない癖に…!」

声に、ラーファは驚いて、ビクリと肩を浮かせた。

エヴァは両手を握りしめたまま、肩をすくめていた。

この剣幕に、カイルは無論、クロガネも目をむいてしまっていた。

ルシエルだけは冷静で、張り詰めた空気に、穏やかな声を投げ入れた。

「事を荒立ててしまってすまないな。条件は飲む。
クロガネ、カイル、お前たちは話を聞いておけ。
エヴァ、行くぞ」

すかさず物申そうと、クロガネが

「師匠、私も一緒に…」

「頼んだぞ」

立ち上がりかけた彼を、その一言が制した。

2人が出て行った後、しばらく無音の空気が制した。




 
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