漆黒の魔導師
□変幻の魔導師
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「エリキサ?」
ギルバートは頷いた。
「太古に生み出された無限魔法増幅機のことさ。
これを身につけることで、昔の魔導師達は魔力の枯渇に悩まされることなく、魔法を使っていたらしい。
更には、魔道の才を持たない者も、これを持つことで、魔法を使えるようになったとか」
しかし万能に思えたそれは、人々に多くの損害や災厄をもたらした。
魔法による大規模な戦争が続き、土地が枯れていった。
これによってエリキサの所持や使用は禁止され、ヴァルハラによって全て回収、破壊された…らしいが。
カイルは首をかしげるばかりだった。
「何でそんなものが今更…。しかもサルガタナスなんかが持ってるなんて」
ギルバートは言い難そうに
「不可解なのはそれだけじゃない。当時のものと色々と違うんだ」
現物を見たことがあるものは誰もいない。
だが、ギルバートはあらゆる研究の末、エリキサの本質を熟知していた。
「なんと言うかね。禍々しすぎるんだよ」
ビンの中の砕片を示す。
「記録によるとエリキサは、本当に魔力の塊のようなもので、色も、こんな血のような色じゃなくて、白に近い青色をしていたらしい。
性質も純粋で、所持者の命令で、どんな属性にも変質するんだよ。
それに、本来のエリキサは、球体で掌ほどの大きさだったようだけど、これはまるで、元あったものを砕いたかのような形だ」
「そこまで本来のものと異なるのに、エリキサと断定したのは何故だ」
ルシエルの疑問はもっともだった。
「…不安定な状態から脱した”彼女”は、体の形や大きさもそうだったけれど、魔力も見違えるほどに増大していた。
色々調べたけれど、この事象を引き起こすと考えられたものは、エリキサしかなかったんだ」
他の魔道媒体や黒魔術を調べても、人体にそれに似た特性を与えるものは、他になかった、とギルバートは言う。
更には
「特にね、エリキサに関する記述に、君に報告しておきたいものがあったんだ」
「なんだ」
「”エリキサと同化したものは、次なる生を与えられる”」
「次なる生?」
「まるで死者蘇生を意味するかのような言葉ですね」
クロガネの指摘は的を射ていた。
「そう。それで考えてみてほしいんだ。
”彼女”は…確かにグレイシアとは別のものだったけれど、身体はちゃんと生物としての活動をしていた。
一度死んだ肉体であるにもかかわらず、呼吸も拍動も正常だったんだ。
つまり、ある意味では、死者の蘇生は成功していたんだよ」
一般には、死んだ人間が、生前のように活動を起こすことができている状態を、死者蘇生と、そう呼ぶものだと認知されている。
だが、黒魔術的見解では、肉体が”死”という状態から脱し、なんらかの生命活動を呈する状態を死者蘇生と呼ぶようだ。
一般に認知されている方は、彼らの内では復活と呼んでいるらしい。
”次なる生”とは、所持者の死による復活を意味するように思われたが…。
「…では、これは模造品ということですか?」
「というより、その失敗作だと思う」
その考えは妥当だ。
太古にあった魔法増幅機の情報をどこかで得て、サルガタナスはそれを作り出そうとしている。
だが、一朝一夕で作れるものではなく、本来のものとかけ離れた失敗作ができてしまった。
そのため、性質は似ているが、本来のものに劣る部分があるのかも知れない。
しかし、ルシエルは解せなかった。
その考えは、筋は通っているが、説明できるのは一部の事象のみだ。
グレイシアが完全な復活を遂げられなかったのは、模造エリキサが失敗作であったためで、ジョーカーは、ギルバートを欺く人格を持たせるため、模造エリキサとは別に、魔物の魂を彼女の躯に入れざるをえなかった。
だが。
”彼女”も、ハインも、ウィリアムも。
ルシエルの攻撃によって負傷した後、傷の治癒に伴い、本来の姿を保つことができなくなるほど、強力な魔力を帯びた。
それは、窮地に直面したことで起こった変異にしか見えなかったが、見方を変えれば、それも”次なる生”を受けた事にならないだろうか。
死をまたぐ前に復活を遂げるとは、一見意味不明な論理に思えるが、どんな魔法を使っても生者からなくなった腕は生えないし、姿を魔物に変えることはできない。
論点は上げれば際限ないが…。
「それよりも僕は、死者の復活について気がかりだよ。
確かに、模造エリキサ…エリキサの砕片と呼ぼうか…は、あまりにも不安定で不完全な物質だ。
だけれど、ジョーカーは確かにグレイシアの肉体の活動を蘇生させた。
これと、魔物の魂を使ってね。
仮定の話になるけど、この魔物の魂、蘇らせたい本人の魂だったら、どうなっていたかな…」
「グレイシア本人が、完全な姿で蘇ったと思うか?」
棘のある言い方に、ギルバートは苦笑交じりに緩く首を振った。
「ふふ、あくまで仮定の話だよ。
きっとその答えは、僕や君の思うとおり、彼女は完全な復活を遂げていただろうね。
でも安心して。もうそんなこと、するつもりはないよ。
むしろ今は、彼女の魂が入らなくて良かったと思っている」
疑問しかけて納得した。
エリキサの砕片で復活が完全なものとなっても、ほぼ確実な未来、彼女とはかけ離れた魔物と化してしまうのだ。
そうなれば、いくらギルバートでも蘇った彼女をかばいきれなかっただろう。
「僕が思うに、サルガタナスが今言った仮定を実現するのは時間の問題だと思う」
「奴らの狙いは、死者の復活だと?」
ギルバートは頷いた。
「と、言うよりは。僕は、ユミルの復活だと思う」
カイルは間に受けて危機感をあらわにし、他方で、クロガネは、バカな、と口を突いた。
ルシエルは突飛な考えに疑惑がついて離れないようだった。
「こんな小さな石ころで、ユミルを復活できると言うのか?」
「石だけじゃ無理だよ。普通の魔人を蘇らせるのもね。
でも、本人の魂を呼び出し、定着させる術をもつ協力者がいれば、ユミルはさておき、普通の魔人程度なら……どうかな?」
含んだ言い方に、ルシエルは思い当ってため息をつく。
「…そういうことか」
「え?何が?」
カイルの疑問に答えるわけではないが、半ば投げやり気味に言った。
「先日、新たに任を言い渡された。
ギャリス・バグアールという魔人の処断だ。罪状は、魔導師2名の拉致及び監禁。
…どちらも力のある、聖魔導師だ」
ギャリス本人は、軽犯罪を繰り返す程度の魔人で、能力的には然程脅威のある魔人ではないが、サルガタナスがついているならその限りではない。
審判員に命ぜられたとき違和感を感じたが、これで理由がはっきりした。
というか、そういった理由があるなら、任を授けるとき言ってもらいたいものだが、と常々思う。
「死者の復活を完成させるのに、完全な状態のエリキサが、必ずしも必要な理由はない。
彼らが欲してるのは、君の命と、ヴァルハラの崩壊だからね。
強い魔人を蘇らせて、君個人やヴァルハラの戦力を削ぐつもりかもしれない。
でも、ユミルの復活も視野に入れておいた方がいい」
「なら、そちらについての調査も頼めるか」
ギルバートは快く引き受けた。
「ああ。僕も”真眼”を持っていた者として、興味が沸くところだ。
是非やらせてもらうよ」
「そうか。
もう一つ、この…エリキサの砕片だが、量産は考えられるか?」
ギルバートは少々考える風にしてから。
「エリキサは、もとは、カルミラという国が作り出した人工物なんだ。
一から作り出す、ひいては量産するとしたら、それなりの施設や資材が必要なんだよ。
それこそ、国に資金繰りを委託する勢いの、膨大なね。
でもそんなことしていたら、確実にヴァルハラにバレるから、それは考えにくいだろう。
だとしたら、不正に入手したエリキサを作り変えたと考えられるが、ヴァルハラによって多くは破壊されているし、エリキサほど完全な物質の性質をここまで歪めるには、相当な技術や魔力が必要だ。
つまり…現段階ではできないとは思う」
「そうか、それを聞いて安心した」
消耗戦のための死兵を生み出すつもりならば、一刻も早くそれを阻止しなければならない。
だが、専門職であるギルバートが言うのであれば、量産は考えにくい。
現存しているものは、そう多くはないだろう。
とはいえ、砕片程の大きさで、あれほどの強大な力を付加させるのだ。回収は急がれる。
次に会ったときにでも、あの道化を締め上げて、入手元、並び製造法を聞き出す必要があるな、とルシエルは思った。
話が終わり、ヴァルハラに帰還しようというとき、ギルバートはルシエルに耳打ちした。
「もし、ユミルの力の事で困ったら、遠慮なく相談してほしい。
副作用の抑え方も、君より少しは詳しいはずだから」
ルシエルは、少々受け入れ難いようであったが、彼の人柄に少なからず傾倒していた。
「…お気遣い感謝する」
数週間前のやり取りを思い出す。
ああ言われたが、ギルバートには、ルシエルが自ら進んで自分の世話になる事はないだろうと分かっていた。
”真眼”を失ったものの、その程度の事を見通す力はあった。
こうして用もないのにクリスタル・セラを手放せないまま、机でじっとしてから、どのくらい経つか。
彼からの連絡が入る気がしたのだ。
今日は朝から酷い胸騒ぎがした。
しかし一向に反応を示さないクリスタル・セラに、いい加減見切りをつけなければならない。
やはり杞憂かと思って机を離れた時だった。
『…ギルバート!ギルバートそこにいる!?』
彼の弟子、カイルの声だった。
焦燥を帯びた声に、急いで行って返す。
「ああ、そうだ。何かあったのかい?」
彼は言った。
『ルシエルが…』