短篇小説

□傘の使い方
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不意に達也は小指を立てるとそっちの方はどうなっているのかと訊いてきた。僕は笑って元気だよと答えた。

もうすぐ真夏になります。貴方が消えた夏に…。

あの日がとても忘れられない。僕の彼女はそう言った。言いたいことがよく判った気がした。

「これが最後にしろよ」

友人が僕に言う。

「人は…前にしか進めない。それが人間だ。生きている限りそれは続く」

「…臭っっさ」

小さく笑ってみせると達也に頭から殴られた。でも、痛くない。どうやら加減してくれたらしい。

「でもさ、思い出すぐらいなら良いだろ?大丈夫、辛いのはオレだけだなんて思ってない。」

あのカフェの店長を慕っていたのは自分だけではない。この友人もその中の一人なのだから…ふと店長の顔が浮かぶが、それはあっと言う間に消えうせた。

携帯が着信音を発てて鳴り始めたからだ。ポケットから携帯を取出し画面を開いき電話に出る。

「なに?…うん……うん…判った。じゃあ」

「奥さんか?」

再び小指を立ててそんなことを言ってくる。からかいモードにでも入ったのかもしれないが一応ツコミは入れておく。

「違う、彼女。これから合わないかって」

「そうか、奥さんか」

「………」

人の話を聞かず友人はそんなことを言う。やっぱりからかいモードに入っている。

僕はため息と共に立ち上がるとカフェの前に止めてある赤と黒の色をした二台の自転車に向かって歩きだす。達也もその後ろから歩きだした。

赤の自転車には僕、黒の自転車には達也が乗ると二台の自転車は足並み揃えて走りだす。僕は達也に話し掛けた。

「どんな雨でもそこにはちゃんと傘があったんだ。ただそれに気づかなかっただけなのかもしれない」

「お前の方が臭いぞ!」

達也はわざとらしく鼻をつまんでみせた。どうやら自分で言ったことを忘れているらしい。

「とにかくだ。あのカフェに一番思い入れがあるのはバイトしてた美穂ちゃんの方なんだ。一年経とうとしているんだからお前もいい加減立ち直れ、彼女とは大違いだぞ」

「そんなの関係ないだろ。言っただろ?思い出すだけだって、まだ引きずってるわけじゃない」

空を見上げた。白い雲と青い空どこまでも続いているのが見える。心地よい風の吹く初夏の午後だった。

――もう、大丈夫だから、店長。オレにも…傘があったから――



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