BLEACH

□X'masの夜に…
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『欲しい物を紙に書いてこの靴下に入れ、寝る前に枕元へ置いて下さい。きっと日番谷隊長の欲しい物が届きますよ』



「あいつ…」

不意に日番谷の脳裏を、昼間見た吉良の笑顔が過る。
サンタクロースなんて実在するわけがない。信じてなんかいない。けれど…

「……」

もしも、もしも願い事を書いてそれが現実になったとしたら…


「……サンタクロースなんて信じてねぇんだからな」

靴下を枕元へと置き布団から立ち上がり卓上へ向かうと、引き出しから紙と筆を取り出す。そうして吉良のカードに書かれていた通りに自分が欲しい物を紙に書いていき、書き終わったそれを二つに折ると贈られた靴下の中へそっと差し入れた。

明かりを消し、身体が冷えぬうちに早々に布団の中へと潜り込む。
日番谷は暗闇の中でも暫くの間枕元の靴下を眺めていたが、そのうち普段の仕事の疲れも出てすぅと夢へ堕ちていった。













深夜、煌煌と空高く昇った月も雲に覆われしんしんと雪が降り始めた頃。
布団の中で静かに寝息を立て眠る日番谷の寝所に、一つの影が浮かび上がった。彼の眠りを妨げぬよう足音と気配を殺して枕元へと歩み寄り畳に膝をつき、障子から射し込んでくる白い雪明かりを受ける彼の寝顔を男は静かに見据えていた。そして枕元に大事そうに置いてある靴下に気付くとすっとそれを拾い上げ、中に入っている紙を音を立てぬように開く。そこには…



【市丸が戻ってきますように…】



一言、たった一言そう綴られた、口には出来ぬ少年の思いが其処にはあった。
男がその紙を折り畳み再び靴下の中へと入れようとした瞬間、靴下の中にもう一枚同様の紙が入っていることに気付かされる。それには…



【市丸がずっと、俺の傍に居ますように…】



ただ一文、少年の直筆で書き綴られていた。
その文面に眉根を寄せて眉間に皺を刻み、苦しげな表情で日番谷の寝顔を見下ろす青年。男が紙と靴下を元に戻しその場から立ち上がろうとした刹那、突然男の袖口は少年の小さな指先に掴まれ立ち上るのを阻まれてしまう。日番谷のその行動に驚きの色を露にした直後、日番谷の頬を濡らす一筋の雫を男は双眸に捉えた。


「…いち…まる…」

それは初めて見る少年の涙。
いつも気丈で、他人の前では決して涙など見せなかった彼が初めて見せた心の弱さ。

男はその涙と己の名を紡ぐ声色に酷く胸を締めつけられ、眠る子供を今直ぐ抱き締めたい衝動に駆られるのを堪えて久しく触れる白銀色の髪を大きな掌で優しく撫でた。そして沈黙を破り、漸く己の声を室内へと木霊させる。

「……ち…まる…」
「…冬獅郎…」

愛しい、愛しい、誰よりも愛しい何者にも代え難い子。
市丸は掌から感じる彼の体温から流水の如く温かなものが胸に流れ込んでくるのを感じ、頭を撫でる度に安心しきったものへと変貌していく日番谷の表情を静かに見守っていた。







「…ん…」

深夜、目が覚める。
夜中に目が覚めるなんて最近では珍しいことではない。けれどこの日ばかりは違った。普段は目覚めれば直ぐ目の前の冷たく真っ暗な空間に失望感を覚えるものの、この日ばかりはその感情は微塵も沸き上がらなかった。目覚めて最初に感じたのは暖かさ。身体全体を包み込むような温もり。次いで感じたのは懐かしい匂い。ずっと求めていた、誰よりも何よりも欲しかった男の匂いと温もり。

日番谷はまた寝ぼけ眼の両目を幾度か瞬きさせ、視線を上へと向かせる。するとそこには己を見つめる、愛しい人間の容貌があった。優しげな眼差しで自分を見下ろし掌で髪を撫でる、さらりと銀髪が流れる男の姿。日番谷は居る筈も無い人物の姿に息を呑み、瞬きすら忘れて穏やかに笑む男の顔を食い入るように見上げていた。
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