耳はふわふわに限る。いつもは人に触らせてもらわなければならないが、今日のギゼラにはふわふわの耳がある。うさぎの日とはなんと素晴らしい日だろう。
「おまたせいたしました。こちら本日限定バニーパフェでございます」
真っ白なバニラアイスに、ラズベリーの目。可愛いパフェに、お客さんも嬉しそうでギゼラも嬉しくなる。
8月2日、バニーの日。語呂合わせでそう呼ぶ日らしい。なんでもうさぎの格好をして無病息災を祝う日だとか。こんなに楽しい日があるなんて知らなかった。今朝方、連絡をくれたアズールには感謝しなければ。今日のモストロラウンジはうさぎ仕様。バニーガール風の服を着て、スタッフも何人かうさぎの耳をつけている。いつもより忙しくなるからと給料は上乗せ、しかも魔法薬でうさぎの耳まで生やしてくれた。なんて優しい人だろう。さすが慈悲の心、オクタヴィネル寮だ。
セットのドリンクもテーブルの上において踵を返せば、尻尾が揺れた気がした。尻尾があるとは不思議な感覚だ。この短い兎の尻尾でこれなら、ライオンやハイエナの尻尾が揺れる感覚とはどんなものだろう。
「テメェ、なにやってんだ」
「いらっしゃいませ。なにって、お仕事中ですよレオナ先輩。おひとり様のお越しでしょうか」
考えていた所に現れた人物に、ギゼラは首を傾げた。人数を示した指を一本立てて、レオナの背後を見るが誰もいない。一人で来るとは珍しい。だが残念ながら現在は満員だ。待ってもらわなければと口を開きかけたところでレオナに手首を掴まれた。
「行くぞ」
「行くってどこに?」
「今日はミーティングって言っただろ」
「そうなんですか!?」
それは初耳だ。部活を休ませてほしいと頼んだとき、ラギーは何も言わなかったのに。だがこのまま帰るわけにはいかない。アズール達に許可を貰わなければと振り返ったところで、アズールと目が合った。
「お客様、困りますねぇ。うちのスタッフに手を出されては困ります」
「それを言うならうちの部員に勝手な事するんじゃねえよ」
「ギゼラさんには承諾済みで、部活の方にも許可を頂いてるはずですが」
にこやかなアズールに対し、レオナは威嚇するように喉を鳴らしている。こういう場合はどちらに加勢すればいいだろう。
「俺は許可してねえ。却下に決まってんだろ」
考えている間に強く手を引かれ、そのままラウンジを出てしまった。足の長さの違いだろう。一歩が大きいレオナに、ギゼラは駆け足気味で必死について行く。ミーティングの時間が迫っているのだろう。だが、それにしても彼が自ら出向くとは珍しい。
「……お前は、少しは頭を使え」
「使ってますよ!この前の小テストも満点でした」
ほどかれた手で拳を握り、力説すれば何故か溜息をつかれた。成績は悪いわけではない。レオナのようにギゼラは授業をサボったことはない。そう説明しても、睨まれるだけ。
「使ってないからそんな恰好させられてんだろ」
そう言って、また溜息をつかれて頭から布を被せられた。魔法で出したのだろう。ほのかにレオナの匂いがする。と、頭の違和感にギゼラは顔を上げた。
「先輩、どうですかこの耳」
頭の上に耳があると、少しばかり不便かもしれない。フードが窮屈だというレオナ達の気持ちが今なら分かる。ぴんと耳を立てれば、レオナはマジカルペンを取り出した。
「お前に必要ないだろ」
「あーー!どうして消しちゃうんですか!」
息をするように消された耳に、レオナに詰め寄る。折角のうさぎの耳が、ふわふわの耳がけされてしまった。アズール特製の魔法薬の効き目はまだまだきれない筈だったのに。ありったけの怒りの言葉をぶつけるが、レオナはそっぽをむくだけ。不機嫌そうに長い尻尾を叩く様に揺らしていた。