明治東京恋伽〜めいこい〜

□めいこい学園編〜第一話〜夕暮れの中で
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――と、言われて起き抜けの私が、放課後なのに連れ出されたのは「美術室」。

何故?と、問うよりも早く、音二郎は遠慮なく美術室のドアを開け、ずかずかと入って行った。


家が舞踊家なのもあり、普段から女性の姿をしているが、彼はれっきとした男性である。

その証拠に、休日に会えば大抵は大人っぽい男性の服を着ている。

(……どっちの格好でも似合ってるなんて、羨ましい)

正直、女の私よりも彼は美人だから。


「――…わかみ…っ! ど…て、ここに…」


その時ふいに、不機嫌そうな声が聞こえてきて我に返ると、私は慌てて美術室の中に足を踏み入れた。


「どうして、って。そりゃあ、アタシの勘だよ、勘」


「……はぁ?川上に、勘で居場所特定されてたまるかっ!!」


中に入るなり私の目に飛び込んできたのは、音二郎と机に座った少年だった。

音二郎の前で、不機嫌丸出しの少年は、机に座り何かを書いていたようだ。片手にペンが握られている。


「まぁまぁ、二人とも少し落ち着きたまえ。彼にここを教えたのは私なのだよ」


そこに、やんわりと制止の声が割り込んだ。


「……森さんが…?」


その声に、少年はぴたりと文句を言うのを止めた。

部屋の奥の机――学生の使うものとは違う、教師が使うような立派な机に座った人影は、ゆったりと足を組み直して笑みを浮かべた。


「いかにも。私の今書いている作品には、専門的な知識も必要だからね。…そこで、その道のプロフェッショナルである彼に、是非とも話を聞かせて欲しいと思ってね」


「そ〜だよ、鏡花ちゃん。アタシを見るなり不機嫌になるなんて、ひどいじゃないかァ…」


「…だから、鏡花ちゃん、って呼ぶな…!」


よよよ、と大げさに泣き真似をした音二郎に、少年――泉 鏡花は目を吊り上げた。


(…ふたりとも相変わらずだなぁ…)

ははは、と独りでに乾いた笑いを零すと、ふと視界の端に白いものが映った。

(……あ…)


真っ白なキャンバス。それに描かれた凜と咲く美しい華。

私は、邪魔をしないようにそっと傍まで近寄って、その絵を眺めた。

すると、ペンを走らせ続けていた手が、静かに下ろされた。


「何?」


気怠げに上げられた顔。


「いえ。その、綺麗だなって思って」


「ふ〜ん、そう」


「この花、なんて名前なんですか?」


「イヌサフラン」


至極面倒くさそうに答えてくれた。


「花言葉は永遠って意味がある」


「へぇ〜…。春草さんって、花言葉にも詳しいんですね」


私が感心したように言うと、彼は鼻で笑い、軽く首を振った。


「別に詳しくはない。この花は、たまたま知ってただけ」


そこまで言うと、彼はふいに顔を上げて私の方を向いた。


「……ねぇ。あんたのせいで集中力切れた。責任とってモデルやってよ」


「……は?」


ぽかん、と呆けている間に、春草さんは椅子を持ってきてキャンバスの前面に置いた。
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