明治東京恋伽〜めいこい〜
□甘いもの
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しばらく手を引かれて歩いて行くと、大きな公園が見えてきた。
広場の中心にある噴水では、小さな子供たちが楽しそうに水浴びをし、木陰にあるベンチでは老夫婦たちが和やかに談笑をしていた。
その中の一つのベンチまで歩いて行くと、春草さんはようやく立ち止まった。
クルリと振り返り、私の両肩を掴んで座らせる。
「…え。あの」
不思議そうにすると、隣に腰掛けた春草さんは細く息を吐き出した。
「……歩きながらじゃ、食べにくいだろ。…それに。服に溢されたりしたら、面倒だし」
そう言う春草さんの言葉の正しい意味を、私は今なら理解できる。
(……本当は、気を使ってくれたんだよね)
そっぽを向いて不機嫌を装ってはいるけど。…彼の耳がほんのり赤い。
「ありがとうございます、春草さん」
嬉しくなって、口を綻ばせる。
「…別に」
ただ一言。
けれど私の心には、温かいものが優しく灯った。
暑い陽射しは木が遮り、私たちの座るベンチに淡い緑色の影を落とす。サラサラと、少し涼しい風が私と春草さんの髪を揺らす。
静かな時間。離れた場所から聞こえる子ども達のハシャギ声。
ずっとこうして居られたら良いのに――。
そう思った。
なぜだか、春草さんの隣は安心できるから。
そばに居たい、と思うのかも知れない。
「ねぇ」
その時、突然声をかけられ、振り向くと――
(―――え……?)
返事も忘れ、ただただ固まる。
春草さんの髪が、頬をくすぐる。
優しい光をした緑色の瞳が、すぐ目の前で揺れた。
「――ついてる」
ペロリと、まるで猫のように私の口のすぐ側を春草さんが舐めた。
そうして、動けずにいる私から顔を離すと、彼は軽く口端を上げた。
「――思っていたより甘いね、君」
「……へっ?!」
(――私、が…?!)
顔を上げると、彼はもういつもの涼しい顔に戻って立ち上がった。
「…ほら、休憩はもう終わり。そろそろ行くよ」
そう言うなりさっさと歩き出してしまった春草さんと、手の中に残ったアイスの残りを見比べ、パクリと残りを口に入れる。
「待ってくださいよ、春草さん…!」
彼の背中を追いかける私の口の中はほんのり甘くて、さっきまでよりも、どこか優しい味がした。