書評・熱闘篇

□『帝国日本と植民地都市』
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 戦前の日本と、日本の植民地の都市について論じた本。日本の植民地都市の形成について、@日本が計画的に作り上げた場合。A伝統都市を利用し、結果、支配者と被支配者の二重構造になった場合。B既存都市に併存して都市を建設した場合。など、細かく分類を行っている。
 また、イギリスなど他の植民地都市と比べ、日本の植民地都市の違いについても詳細に比較している。まず、イギリス・フランスなどの植民地の場合、本国人の職種は官僚や軍人が多く、また植民地への派遣はいわゆるエリートに限られ、名誉な仕事であった事に比べ、日本の植民地にはあらゆる階層の人間が存在し、支配者・被支配者の間だけでなく、日本人間にも階層が生じていることが分かる。次に宗教であるが、西欧の植民地ではキリスト教が根付き、本国からの独立後も引き続き信仰されているのに比べ、日本の場合は神社を造ったが、戦後徹底的に破壊されている。これは日本の『皇民化政策』の象徴として神社が造られたためで、被支配者からみれば強圧の対象にしか見えなかったであろう。
 他にも興味深い内容があるのだが、アジアの西洋化について一番ひかれた。日本の場合、明治の近代化といえば、ほぼイコール西洋化であろう。しかし同様に朝鮮について考えてみると、近代化イコール西洋化ではない。西洋化に目覚める前に、日本の植民地となっているからである。朝鮮の場合、西洋文化は支配者の日本経由で入ってきているのだ。日本経由で入ってきた西洋文化は、当たり前だが日本の影響を受けていた。建築でいえば、上野の国立博物館みたいな和洋折衷な建物である。このような文化に対して、朝鮮は日本風の西洋文化ではなく、純西洋文化のみを受け入れるか、受容自体を拒否して朝鮮ナショナリズムを徹底させるしかなかった。今でも韓国には『韓洋折衷』の建築物はないそうだ。これにより、日本で生じたような西洋文化の受け入れと在来の伝統文化との葛藤ということが、日本の植民地では起こることがなかったのが、日本の植民地支配の負の財産と言えるらしい。

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