アムネシア(短夢)

□私を大人にしたあなた
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人の心って厄介だ。

今日改めて実感したことだ。
相談があると呼びだされて、久しぶりに友達に会った私。
集合場所になっている居酒屋に着いて、3秒後には来たことを後悔した。

私を呼びだした大学時代の友達の前に座っていた彼。
私もよく知る彼は、大学の先輩
同じ学部ではあったものの、学科の違う先輩
私がひそかに恋心を抱いていた先輩だった。


大人になったつもりでいた幼かった私
そんな私に、甘い恋ばかりではないことを教えてくれたのは紛れもない彼だ。

「トーマさん・・・・・・」

久しぶりだねと爽やかな笑顔を向けてくれたトーマさんは昔と変わらない。
彼をみた途端に疼きだしたのは、沈静化していたはずのあの時の恋心なのか
彼を避ける度に感じていたはずの途方も無い痛みなのか

何とも複雑なものを抱えながら、私は友達の隣に腰を下ろした。


「ちょっと、マイ。いきなり電話してきてどうしたのよ。」

既に酔っているのか、隣に座った私の腕にくっついてきた友達に声をかける。

「やっと来た〜!逢いたかったんだよ〜!!!聞いてほしいこともあったし!!!!」

相変わらずの絡み酒。
そんなことをしても可愛いと思えるのは、天真爛漫と言うか、純粋培養と言うか
とにかく彼女の性格ゆえだろう。

お酒のめっぽう弱い私は、アルコールの類は口にしないことに決めていて、ちょうどいいところに来た店員さんにウーロン茶を頼んだ。

既に酔っている彼女の口から飛び出した言葉は、付き合っていた幼馴染の彼と、とうとう結婚するという報告だった。

ぜひ結婚式に参加して欲しいと嬉しそうに話す彼女の指には確かにダイヤモンドのリングがおさまっている。

何度か会ったことがある彼女の彼は一見ぶっきらぼうで冷たい印象を受けるが、マイのことが大好きな一つ下の年下くんだったような気がする。

「おめでとう。美男美女の夫婦じゃん。」

私たちももうそんな歳かと思いながらそう告げると、マイは嬉しそうに顔をほころばせた。


「俺もさっきこいつに聞いたんだよ。まったくシンも相談くらいしてくれればいいのにな」

目の前に座るトーマさんはそう言いながらグラスに入った酒を口に運ぶ。

マイを見るトーマさんの目はとても優しげにほころんでいて、この“幼馴染”をとても大切にしているのが分かる。

その笑顔の裏に見え隠れする泣きだしそうな瞳に気がついた瞬間、ズキリと古傷が痛むのを感じた。

マイを腕にくっつけたまま、トーマさんの方に視線を向ける。
私の視線に気がついたのか、トーマさんは苦笑を洩らした。
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