アムネシア(短夢)

□記憶の片隅に
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「ねぇ、明日逢えないかな?」

いつもと変わらない彼からの電話。
何も気づかない私は、それにOKの返事をして電話を切る。

何を着て行こうとか考えて、明日が楽しみだななんて思ったんだ。

本当に楽しい時間だった。
お決まりになりつつある大きな公園でお散歩デート

お気に入りのチュニックにデニム
ターコイズの青が綺麗に映えている

御機嫌な私に優しく笑う彼。

そんな彼の変化に気付いた時には、もう彼が口を開き始めた後だった。


「今日で3ヶ月だ。」

「・・・・・・・え・・・・・・」

大好きな彼の甘い声が耳を掠める。

「今まで楽しかったよ。」

これから起こることを認識し始めた私の頭に浮かんでは消える言葉

それは何一つ口からこぼれることはなく、私の中で浮かんでは消えてゆく。

浮かんでくるどの言葉も、私の気持ちを言い表すのにふさわしいとは思えない。

「えっとさ・・・・・今までありがとう」

「はい・・・・・」

たったこれだけだった。
彼の言葉に、私が返した言葉。
それは言葉とも呼べないような短いものがたった一言。

ドクンドクンと嫌な音をたて続ける心臓
まるで白く霞がかかってしまったように答えの出せない頭
私の胸の奥でぐるぐる渦巻いては消えてゆく言葉たち

いつの間についたのか、気が付いたら彼と共に私のアパートの前に立っていた。

「じゃあね」

夕日を背に立つ彼の顔は逆光でよく見えない

「楽しかったよ。じゃぁ、さよなら」

彼が私に背を向けて去ってゆく。
そんな彼の背中を見送りことしかできない私の口から、ぽつりと一言声が漏れた。

「好き」

「へ?」

聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だったと思う。
その声はどこか震えていて、何とも情けない。

「イッキさん。あなたのこと好きです。・・・・・・・・・さようなら」

振り返った彼がびっくりしたように目を見開く。

今度は彼が言葉を失ってしまったようだ。
そんな彼のびっくりした顔は初めて見る。
3ヶ月隣にいることを許されて、なお見たことが無い顔がたくさんあるんだ。

「さようなら」

もう一度別れの言葉を口にすると、私は彼に背を向けた。
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