アムネシア(短夢)
□私を大人にしたあなた
2ページ/5ページ
私がまだトーマさんに片想いしていた学生時代、私たちは一晩だけ関係を持ったことがある。
マイとシン君が付き合い始めた時のことだ。
“付き合うことになったの”
今日と同じように可愛らしい笑顔で報告してくれたマイ。
彼女と彼氏のシン君がトーマさんの幼馴染だと知った日。
私は大好きな彼の失恋を悟った。
ずっと見てきたトーマさんの視線の先にはいつもマイがいた。
優しい笑顔で、穏やかな声で、とても大切に扱っていた。
そのマイを見つめる視線に少し切なげなものが混じっている。
(あ〜、この人はマイのことが好きなんだ)
そう気がついてしまうくらいに、私はトーマさんのことを見ていたんだと思う。
鈍感なマイも、周りにいた人もそれを知っていそうな人がいなかったと言うことは、きっとトーマさんは上手に隠しているつもりだったんだろうし、心の奥で大切に育てていた気持ちだったんだろう。
「トーマさん・・・・・えっと・・・・・・」
私がトーマさんを見つけた時には、もう既に彼は泥酔に近い程に酔っていた。
お酒のせいか、泣いたのか、真っ赤な顔に潤んだ瞳。
ぐったりと座りこんだトーマさんになんと声をかけたらいいのか分からないくらい。
「・・・・・ん?あ〜、こんばんは・・・・・・」
私の顔を見上げて、ヘラリと笑う彼にズキリと心が痛みだす。
(そんなにマイのことが好きなんですね)
思わず口から零れ落ちてしまいそうな言葉を飲み込んで、私はトーマさんの手を引っ張った。
「もう帰りましょう。送りますから」
「ん・・・・・。」
私の一言にやけに素直に従ってくれたトーマさん
さっきの顔とは正反対の今にも泣きそうな顔で、私に手をひかれながら歩き出した。
涼しい風が吹く中、会話も無いまま二人で歩く。
トーマさんのマイへの気持ちはどれだけ大きかったんだろうか。
この人は今までにどれほど切ない想いをしてきたんだろうか。
そんなことを考えたら、私なんかが口を開いていいとは思え無かったし、ありきたりな慰めの言葉は余計に彼を傷つけてしまいそうで怖い。
「知ってたんだろ?俺の気持ち」
沈黙を破るように話し始めたトーマさん
「・・・・・・はい。知っていました。」
ごまかすのもおかしな話だと思った私は正直に答える。
すぐには無理でも、いつかはあの柔らかい笑顔を浮かべる大好きなトーマさんに戻ってほしい。
そんなことを思っていた私はまだまだお子様だったんだと今なら思えるんだ。