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□complex
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 随分 昔に離れた恋人が変わらぬ姿で 目の前に居る光景の異様さをなんと言い表せば良いのだろう。自分まで若返ったつもりで、ななこに触れようとした手の甲が 年輪を重ねた分だけ皺が刻まれいるのだ。虚しいのか哀しいのか正直、分からない。ただ茫然と自分の手の甲を見つめるしかない。


「ブロッケンJr.?」


 ななこの心配そうな声に 顔を上げる。ななこの瞳に映る自分が 彼女と不釣り合いだと訴えているようで、不自然に視線を反らした。


「ごめんなさい…」


 消え入りそうなななこの声に 視線を戻す。ななこの伏せられた瞳が 寂しげに揺れている。彼女に そんな顔をさせたい訳ではないのに そうしてしまっている自分が歯痒い。


「ななこを責めてる訳じゃないんだ。ただ…」


 未来の平和の為に冷凍カプセルで眠ったななこに 何故、一言と責めた処で 既に過ぎ去った事でしかない。ただ、ななことの間に出来てしまった年齢の差に 戸惑っているだけなのだと 自嘲する。


「ブロ…」


 ついっと距離を詰めたななこがオレに手を伸ばす。彼女の腕で 頭を優しく包みこまれ、オレは目を細めた。

 
「同情なら要らん」


 ななこが背伸びしているのに 気が付き、彼女の肩口にそっと顔を埋めるように 身を屈める。躊躇いつつ ななこの背に回したオレの腕は振り払われず、オレは ななこを抱き寄せるようにギュッと力を加えた。


「素直じゃないね」


 耳元でクスクスとななこが笑う気配がくすぐったい。ななこが愛おしい気持ちだけは あの頃と変わらない。寧ろ年月を重ねた分、ななこに触れられなかった分だけ強まった気がする。


「ななこ」


 もっと ななこを感じたくて、彼女に息を吹きかけるように 名を呼ぶ。ピクリと肩を小さく震わせてから オレの頭を解放した ななこの目尻は朱色に染まっている。


「ななこ」
「ん…」


 もう一度、彼女の名を呼び ゆっくりとななこに顔を寄せてみる。オレに答えるように ななこの唇が オレの唇を掠め、彼女は ふにゃりと幸せそうに笑う。長い年月、味わう事のなかったななこの甘さに クラクラしてしまいそうだ。


「ブロ、好きよ」
「オレを置いていったのに?」


 ななこの言葉が嬉しいのに 素直になりきれないオレは 彼女に意地悪な言葉を返す。

 
「うん。置いてったけど ブロが好きなの」
「そいつは ダンケ」


 ぷっくり膨れっ面をするかと思いきや、平然と答えるななこに オレの方が 年甲斐もない表情を浮かべているんだろう。素っ気なく礼を述べる事でしか やり返せない。


「若い頃のブロも素敵だけど…」


 ななこに クイクイと服を引っ張られ腰を屈める。耳元に寄せられた彼女の唇から紡がれた言葉に オレの顔は 一気に熱を帯びた。


「なっ、ななこ!?」
「今のブロも渋くて格好良くて 大好きよ」


 オレの頬に両手を添えたななこは、そう呟くなり オレの唇へ軽くキスを落とす。ちらりと視線を上げて オレと目を合わせたななこの瞳が細められる。ゆっくり伏せたななこの視線の先が触れたばかりのオレの唇だと分かり、噛みつくように彼女の唇を貪れば、お互いの吐息が甘くなった。


「頼むから もう置いていくなよ。なぁ、ななこ」


 コツンとななこの額に自分の額をくっつけて、うっとりと余韻に浸る彼女の瞳を覗きこむ。小さく頷いて 緩やかに微笑んだななこの瞳に映る自分の姿に オレはもう、劣等感を感じる事はなかった。




 
 離れていた時間の分以上に 幸せになろうな、ななこ。


[終]

2012,09,02

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