短編2
□白昼夢に似た午前
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胸が詰まるような、息が苦しいような――とにかく気持ちよくない感覚で目が覚めた。
胸が重苦しい。なにかが乗っている。
目を開けて見てみると、妙に出っぱった、寝巻きに使っているシャツ。この、丸みを帯びた出っぱり方は、
…………、胸……?
「……っうっ、わああああああああああっ!?」
如月家に響くのはエネのサイレン、と相場が決まりかけているが。
今は、オレの悲鳴が響いた。妙に高い声だった。
叫んでから「しまった」と口を押さえるが、誰も叱りに来ない。モモも母さんも、もう仕事に行ったのだろうか。時計を見る。午前十時。
あれ、オレ今日、カノとデー……出かける約束してたよな。十一時にデパート前で待ち合わせの。
この状態で出かけるのには抵抗がある。事態を把握しきっていないし。
取り敢えず、カノに電話をしつつ鏡を見、PCの電源をつける。鏡のオレは、髪も腰まで伸びていて、体の線もいつもより細いし背も低い。明るくなったディスプレイの中でエネがおそようございます、と嫌みを言ってきたが反応している暇はない。
エネは次のからかいを口にする前にオレの状態に気付いたようだ。「ご主人、女の子だったんですか!」違う。
起きたらこうなってた、どうにかする方法を探してくれ――そう言うと、エネは「了解です!」と敬礼してネットに消えた。本当にどうにかする方法を探してくれているのか、甚だ疑問だ。
……ああくそ、電話が繋がらない。家の最悪も最悪な電波状況じゃ、やっぱり携帯から電話をかけるのは難しいのか。
一階におりて、固定電話で電話をかける。するとカノは一コールの半分の半分くらいが鳴ったところで出てきた。早すぎる。
『おはようシンタロー君! 今日もかわいいね!』
「今日のオレ見てないだろ…。……ごめんカノ。今日やっぱ行けない」
『え。……風邪でもひいた?』
「そんなとこ」
もう一度詫びて通話を切って、二階の自分の部屋に戻って、思う。
エネが解決法を探しだしてくれるとは思えない。
なら、メカクシ団――キド、セト、マリーに頼った方がいいんじゃないか。あいつらなら、こういう不思議なことに慣れてそうだし。
オレにはその考えが最良に思えた。
よし、行こう。アジトへ。
でもその前に着替えよう。このシャツだと胸がきつい。そしてズボンがゆるい。
ベルトを腰に巻いて、ズボンがずり落ちるのを食い止める。
タンスを漁って服を探す。なるべくダボッとしたヤツを選ぶ。が、やはりきつい。
「……お、これ……」
タンスの一番奥の右端に鎮座する、高校の頃の体操服。手にとって広げてみると、今までの中で一番ダボッとしていることが分かった。体操服というのは、ダボッとしているのが多い。
着てみると、ピッタリだった。思わずガッツポーズ。
これの上にいつものジャージを着て、オレはアジトへ向かった。
* * *
「…………シンタロー君の妹さん?」
呼び鈴を鳴らしたら出てきたカノは、オレの頭のてっぺんから爪先まで視線を七往復させて、十二秒オレの顔を見つめてから、言った。妥当な反応だ。
「……オレ」
「ん?」
自分の口から言うのはなんでか嫌だったから口ごもる。カノは首を傾げるだけだ。仕方ない。男が女になるなんてなかなか発想できないし。
「………………オレ、さ、あの……ええと……」
「…………もしかして、シンタロー君?」
気付いた。
急がなくていいのに急いで頷く。カノはやっぱり、と破顔した。
「キョドり方がシンタロー君そっくりなんだもん。……シンタロー君、昨日君の体を隅から隅まで見たけど、昨日の君は男の子だったよ。何で女の子に?」
「隅から隅までとか言うな。……起きたらこうなってた。皆ならこういうのの解決法知ってるかと思って来たんだけど……」
「僕以外はみんな出かけてるよ。夜まで帰ってこない」
……なんてことだ。
一番頼りにならない奴しかいないなんて。
帰ろう。オレはくるりと踵を返した。
しかし。
「なんで帰んのー?」
がっしりと二の腕を掴まれる。力で勝てないオレは、こうされると逃げられない。
ぎぎぎ…と少しずつ振り向くと、にまりとほそまった猫目。
「女の子の体になったんだから、やることは一つだよね」
ちょっとだけ、体から力が抜ける。
やっぱり女の体の方がいいのかな。