短編2
□君の息で生きよう
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俺はタイムセールの為に朝から街へ出ていた。スーパーに行く途中話しかけてきたナンパ野郎三人を目の能力で撒いて、ケータイで時間を確認する。大丈夫、間に合う。
スーパーに着いて、入り口にある籠を手に持つ。
「キド?」
後ろで、びっくりしたらしく上擦った声がした。見ると、シンタローが俺を見て目を見開いている。偶然会ったことに驚いているのだろうが、これは偶然ではない。
シンタローがスーパーのタイムセールの品である卵を買いにおつかいに出されることを知っていたから、俺もこのスーパーに来たのだ。つまりは、偶然を装った必然。
「お前もタイムセール目当てか?」
分かっていることだが訊くと、頷きが返ってきた。「おつかいで…」と、これまた俺には分かっていることだが、教えてくれた。
適当な話をしながら店内を回る。シンタローは卵の他に、炭酸おしることコーラと菓子を籠に入れていた。妹にもおつかいをやらされているらしい。
俺はというと、シンタロー目当てで来たわけだから、特に買うものはない。タイムセール目当てで来た、とシンタローに言ってあるから、卵は買っておかないといけないが。
「キドって本当に主婦みたいだな…」
「それは俺が老けていると言いたいのか…?」
「ひっ…、い、いや、違う! 違うから睨むのやめろ!」
「……ふん」
これがカノだったら蹴りの二発や三発はいれていたが、相手はシンタローだ。睨み一つで許してやる。
会計を済ませて外に出る。アジトとキサラギ家は方向が違うから、別れ道は早くに来た。
「じゃあな」
「ああ。近いうちにまた、アジトに行く」
楽しみにしておく、と心の中で返して、俺はシンタローに背を向けた。
* * *
ケータイが着信を告げたのは、夜も九時を過ぎた頃だった。ベッドに座って雑誌を読んでいたら、脇に置いたケータイが震えたのだ。ディスプレイに表示された名前は「シンタロー」。
電話してくるとは珍しい。そう思いながら、若干跳ねた鼓動を押さえて通話ボタンを押す。
「…もしもし?」
『今、暇か?』
「……まあ、暇だな」
『…なら、今から×公園に来れるか?』
×公園。
驚くほど人気のない、だが不良はいる公園だ。アジトから、徒歩五分のところにある。
能力を持ってすれば不良と戦う事態は避けられるから、行けないことはない。
「行ける。……まさかとは思うが、お前、××公園にいるのか?」
『ああ』
こうしてシンタローが電話してくるということは、不良は今夜はいないのか。
すぐ行く、と言って通話を切ろうとしたら、『もう遅くて危ないから、ちゃんと能力使えよ』と。時たまカッコつけた――カッコいいことを言う奴だ。お陰でまた鼓動が跳ねた。
分かった、と頷いて今度こそ通話を切る。俺は立ち上がって部屋を出る。
一体何の用だろう。電話越しの声は少し暗かった。
俺は公園で何が起きているか、まったく知らなかった。
* * *
絶句した。
数匹の蛾が周りを飛ぶ電灯。二本あるそれは、狭い公園の光景を照らすには十分だった。
「シン……タロー……」
公園に倒れているのは、十数人の男。大半は地面に転がっていた。ある者は砂場にうつ伏せ、ある者は滑り台の階段部分にもたれ、ある者はブランコの座るところに覆い被さっている。
みんなみんな、体や顔を血で汚していた。
シンタローは、公園のたった一つの出入り口に、そこに立つ俺に背を向けて立っていた。俺の声に反応してこちらを向く。
真正面からシンタローの顔を見て、俺は倒れる男達を忘れた。急いでシンタローに駆け寄る。
「おま、それ…っ、怪我したのか!?」
「……いや、これは返り血」
シンタローも、顔と体を血で汚していた。本人の血じゃない、と聞いて安心すると同時に背筋が凍る。
返り血だというのならつまり、この惨状を作ったのはコイツだ。
シンタローが右手に持つカッターの刃が、赤茶色に染まっている。
男達は生きているのだろうか。ピクリとも動かない。
男の一人の顔を覗きこもうとすると、シンタローが手首を掴んできた。
「コイツらの心配なんかしなくていいよ」
「そんな訳にはいかないだろ…っ。もし死んでたら、お前捕まって…」
「殺してはないから大丈夫」
シンタローが傍らの男を思いきり踏みつけた。ばきぼきぃ、耳を塞ぎたくなる音がして、男が呻いた。なるほど生きている。
それよりさ、キド。
ゆっくりと地面に押し倒された。首にシンタローの手がかけられていた。少しずつだが確実に、手が作る輪は狭まっていく。
不意に、唇で口の呼吸を止められた。普段からは考えられない、掻き回すキス。首の締め付けが続いているから、息の限界がいつも以上に早く来た。
酸欠で頭と胸が痛んできた時、やっと解放された。勢いよく咳き込みつつシンタローを見上げる。
シンタローは、指で己の右にある砂場を――そこに倒れる男を差した。
「……アイツの顔に見覚えあるか?」
目を凝らして男を見る。あるような、ないような。ドラマで観たうろ覚えな通行人Aをもう一度見せられているような感じがする。
「……見覚えは、ある。思い出せないが」
「朝お前をナンパしてた奴だよ。残りの二人は、そことそこにいる」
シンタローは砂場に続き、左後ろと滑り台を指差した。そこにも男が転がっている。
ナンパ。
そういえば、スーパーに行く前にされた。
でもなんで、それをコイツが知ってるんだ。
シンタローが俺の首筋に噛みついて、ギリ、と噛む。鮮烈な痛みに顔をしかめていると歯は首から離れた。
「アイツとアイツはスーパーの帰り道にお前をナンパしようとした奴。アイツはこの前電車でお前の腕と肩を撫でてた奴。アイツは……」
…と、シンタローは男を指差して言っていく。
ナンパされた時、そばにシンタローはいなかった。なのに何で知ってるんだ。
スーパーの帰り道とか電車とか、他にも色々、何で知ってるんだ。
俺の疑問に答えるように、シンタローは笑う。
「別に後つけてるわけじゃねえよ。盗聴機を仕掛けてるわけでもない」
「…ったら、なん、で……」
「分かるんだ。分かるから分かる」
意味が分からない。
シンタローが、赤茶に染まったカッターの刃を折って、銀色の部分を出す。刃を折った返り血のない手から血が流れる。
すとん、と俺の頬を掠めて、地面に刃が刺さった。痛くないから血は出ていないのだろうが、薄皮は切れた気がする。
口に血まみれの手の平を押しつけられた。唇が血で濡れる。口を少し開けていたから、血が中に入ってきた。
何にも例えがたい味がする。鉄より甘い味。
「なあ、オレはお前のだし、お前はオレのだよな? なのになんで、他の奴に見られたり触られたり話しかけられたりしてんだよ。カノとかセトとかならまだ我慢できるけど――アイツらとだって嫌だけど――他の奴らに、お前の存在を認知させるな」
喋り終えると同時に口が解放された。
怖い。
シンタローが、じゃない――確かに、男達に怪我をさせたり首を絞めたりしてるシンタローが怖くないわけじゃないが。だがやはり、シンタロー自体は怖くない。
怖いのは、恐ろしいのは。
シンタローに嫌われること、シンタローが苦しんでいること。
「……お前が言うなら、そうしよう」
俺は目を赤く光らせて、シンタローの頬にこびりついた血をぬぐった。
END.
* * *
R18要素がほぼ皆無ですね…強いて言うなら、流血+暴力+暴行でなりません、かね…。
ヤンデレ、書けてますでしょうか。キドの存在を自分以外の誰かが知ってるのが嫌、なシンタロー。
キドも見ようによってはほんの少し狂ってます。
匿名様のみお持ち帰りOKです。書き直し受け付けます。