短編2
□sweet jealousy
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十二月十七日の午後二時十四分。
持ち主が外出中の部屋で、私はPCをいじっていた。
「性欲の墓場」と名づけられたいかにも残念そうなフォルダ。私はそれを開くことなく、フォルダごとゴミ箱に捨てた。そしてゴミ箱を開き、「性欲の墓場」を右クリックしてメニューを展開。その中にある「削除」の二文字をクリックして、「性欲の墓場」を完全消去。
他にも妙な物がないか、目を皿のようにしてチェックする。……うわ、こんなところに「白熱する劣情」なんていうフォルダが。消去消去。
まったくお兄ちゃんたら、なんてものをPCに隠してるんだろう!
「――な、にしてんだ、お前」
突然、背後から声をかけられた。振り向くと、この部屋の持ち主である私の兄が、いやに白い顔で立っている。憤慨していて気配に気付けなかった。
「……なにって。気持ち悪い画像――具体的に言うと『性欲の墓場』と『白熱する劣情』を消去しただけだよ」
「は? え!? おま、あれ消したの!?」
「うん」
「全部!?」
「うん」
頷くと、兄は更に更に顔を白くした。ちなみに兄は怒りすぎると顔が白くなるタイプだ。
ぶるぶる、と兄の握り拳が震えている。
すっ、と兄は短く息を吸いこんだ。
「――……っこの、バカっっ!!」
耳が痛くなるくらいの大声だった。あまりの声量に私は目を白黒させる。
兄は酸欠でか顔を赤くし、私を睨んだ。
「人のものを勝手に消すなよ! 常識を覚えろ万年留年危機野郎!」
「なっ……、だってあんなの必要ないでしょ私がいるんだから! それと男じゃないから野郎じゃないですー!」
「じゃあ女郎って言えばいいか? つーかあのな、なんで妹で性欲処理しなきゃいけないんだよ! キモすぎるだろ!」
「はあぁ!? 見ず知らずの女とか二次元の女で処理する方がキモいよ!」
「いやいやいやいやそれはない。妹でする方がキモい」
ヒキニートには常識がないのかな……いや、常識なしは兄限定だろう。ヒキニートが非常識、なんて思ったらヒキニートに失礼だ。
とにかく、と、兄がさっきまでとは打って変わった静かな声で言った。あれ、なんか、ホントに怒ってる。
ガシッと腕を掴まれて引きずられる。赤ちゃんを持ち上げるのがやっとであろう兄の力に私が負けることはない。けど、私は大人しく引きずられた。なぜって、抵抗できる雰囲気じゃなかったから。
廊下に出された。
無言でドアを閉められた。
……。
…………。
私は自分の部屋に戻った。
「……なによ。だって本当に、あんな画像なんかいらないじゃん。お兄ちゃんの、ばーか」
* * *
「うううぅぅぅう〜……うううぅぅぅう〜……」
「うわっ大丈夫ですか妹さん! 発作ですか!?」
あれから一夜が明けた。私は酷い倦怠感と頭痛と吐き気と腹痛と腰痛と目眩に苦しんでいた。
私のケータイにやって来たエネちゃんが、画面いっぱいにその顔を映して心配してくれた。兄に似ず優しい子だ。
「うううぅぅぅう……うん。兄欠乏症の発作…」
「重症ですねぇ……そんな妹さんにお薬をあげましょう!」
「うううぅぅぅう…………う? うわ!? おおおお兄ちゃんの寝顔…っ」
この間抜けなようなあどけないようなアホヅラのようなかわいい寝顔! 口が半開きでほんのちょっぴりヨダレが垂れているところがまた…。いじめたくなる気持ちが湧く。ベニ鮭ちゃんストラップをつっこんでやりたい。
私は今までベッドでゴロゴロ唸っていたのだが、飛び起きてケータイを操作した。画像を保存。
「エネちゃん…! ありがとう…!」
「いえいえどういたしまして! ……思うのですが妹さん。ご主人にもそういう『お兄ちゃん大好き!』な言動見せたらどうですか? そしたらご主人、デレると思いますよ」
「え、ムリだよ! 恥ずかしいもん」
高校生になった頃からかなぁ。兄に好き好きオーラを見せるのが恥ずかしくなって、ツンツンした態度をとるようになってしまった。
でもそっか。「お兄ちゃん大好き!」な言動でデレるのか。いいこと聞いた。
しばらく兄の寝顔を眺めまくって発作を治めた私だけど、段々実物が見たくなってきた。またベッドでゴロゴロしてしまう。
「うううぅぅぅう……お兄ちゃあぁーん…」
「まるで禁断症状ですね……」
足りない足りない足りない。
お兄ちゃんが足りない。
エネちゃんが難問を頑張って解くような顔で腕を組んだ。
「謝りにいけばいいじゃないですか」
「やだ。他の女のいやらしい画像消したの、悪いことじゃないもん」
「…………え?」
「…………うん?」
何を不思議そうな顔してるんだろうこの子は。まさか、他の女のいやらしい画像を消したことが、悪いことだって言うの?
エネちゃんは、しばし曲げた人差し指を口に当てて考えこみ、やがて「ああ」と納得したように頷いた。その仕草の意味が、私にはさっぱり分からない。
「妹さんは、フォルダの中身を見てないんですね」
「……当たり前じゃん。見たくもないよ」
「ぜひ見てください。ご主人の部屋の引き出しの、一番上の段にUSBメモリが入っています」
「……?」
一体何を言い出しているんだろう。
……まさか、USBメモリに画像のバックアップが!?
私の表情が怒りの形相に変わったから、私の考えが読めたのだろう。エネちゃんは大きく頷いた。
「イタズラの拍子にうっかり消しちゃったらご主人の本気のカミナリを落とされるので、私がこっそりバックアップしてたんです」
「なんてことをエネちゃん…!」
急いで消さないと。
ご主人は今爆睡中です、との言葉を背に、私は兄の部屋に向かった。
* * *
エネちゃんの言った通り爆睡中だった兄のいる部屋からUSBを取ってくるのは、とても簡単な任務だった。急遽追加した「兄の寝顔を撮ってくる」という任務も遂行し終え、私は今、自分の部屋にいる。さすがに兄の寝ている部屋で、勝手に兄のPCを使うことはできない。
USBを自分のPCに差しこみ、中を見てみる。ぽつん、とたった一つだけある、「白熱する劣情」を開いてみる。
「……っ…」
そこには私がたくさんいた。
●ュージックステーションで歌って踊る私。
初めてのトーク番組にガチガチになっている私。
珍しく上手くいけてる私。
ドラマ主演が決まった時のインタビューに答える私。
他にも、いろいろ、いっぱい。
私の二年間のアイドルが、たくさん詰まっていた。
「ど、どん引きしたらダメですよ妹さん! 確かにパッと見『妹のアイドル活動を保存してるキモい兄』ですけど、違いますよ! ご主人、これ見てソワソワと部屋出たことはないですから! 親が子供の成長記録つけてるのと同じ感じですよ!」
黙る私に、大慌てでエネちゃんは言った。この子も、兄のいないところではけっこう兄に優しい。
私は、分かってる、と言うように首を縦に振った。
これを消されて怒ってたなんて嬉しすぎる。
ああ、早く話をしたい。
USBを抜いて右手に握る。
いってらっしゃい、の声を背に、私は再び、兄の部屋に向かった。
* * *
USBを渡すと、兄はキョトンと私を見た。エネちゃんが「白熱する劣情」のバックアップを取っていたのだ、と教えると、明らかにホッとした。
「それでならいくらでも性欲処理していいよ」
「しないって。別にいかがわしい画像でもないし」
それって、いかがわしい画像だったら、それを使って処理してくれるってことか。
「白熱する劣情」が手に戻ってきて、兄は機嫌が直ったようだ。私が「白熱する劣情」を消したことを謝ると、「『性欲の墓場』を消したことは謝んないんだなあ」と苦笑いしながら、許してくれた。
ここで、エネちゃんから教わった兄をデレさせる方法を使ってみることにする。
「お兄ちゃん」
昔の暗くてカッコよくて鬱ってた貴方も、
今の二次オタでコミュ障でヒキニートでビビリで情けない貴方も、
「大好き!」
END.
* * *
「大好き!」後のシンタローは顔真っ赤。
シン→←←モモおいしかったです。モモがちょっとキャラ崩壊。
兄妹愛、というよりは恋愛な感じで。…jealousyが全くsweetじゃない件について←
葉隠様のみお持ち帰りOKです! 書き直し受け付けます。