短編2

□白紙なんて無問題
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「今日は先生がお休みだから自習だ。プリント配られてるから、やって授業が終わる時回収して、職員室のオレの机に置いといてくれ」


 瞬間、教室内は色めき立った。自習になったのだから無理もない。素直に喜ぶ様子には年相応のかわいさを感じる。軽く笑ってしまった。
 プリントが全員に行き渡ったのを確認する。全員が出席していることを出席簿に書き入れて教室を出ようとしたら、ブーイングが起こった。何事だ。

「シンタロー君、どこ行くのさ」

「どこって、職員室。…つうか鹿野。先生付けろ先生」

 タメ口はこの際見逃してやる。
 教室にいる生徒のうちの一人――鹿野修哉の質問に答えると、またブーイングが起こった。

「お兄ちゃん、私プリントの問題全部分かんない! 教えて!」

「モモ。学校ではお兄ちゃんって呼ぶな」

「僕も教えてもらいたいなあ」

「オレもっす!」

「俺も」

「…私、も」

 妹の嘆願に他の四人が乗っかってきた。鹿野と瀬戸と小桜はともかく、木戸は頭がいいはずだが。


 ――オレ、如月伸太郎は、木戸つぼみ、瀬戸幸助、鹿野修哉、小桜茉莉、如月桃の五人で形成されるクラス「理科準備室」の担任である。だが妹がいるクラスであるため、贔屓の可能性を無くすという目的から、授業は受け持っていない。
 そんなオレが授業中に理科準備室を訪れたのは、自習を伝えるため。それだけ。
 伝えたら職員室に戻り、校内であろうと容赦なくイタズラを仕掛けてくるエネに邪魔されながら動画を楽しもうと思っていた。

 が。
 オレのスーツ(この学校が教師一年目な奴は、一年間スーツ着用が義務)の裾を掴む五つの手に、オレを職員室に戻らせる気はないらしい。

「シンタロー……先生、私も数学分かりません」

「うん、間開いたけど先生付けて偉いぞ、小桜」

「マリーだよ…」

「はい。マリー」

 特別教室の生徒の指導は大変である。なぜ教師一年目のオレにやらせるのだろう。前任の楯山先生と知り合いだからだろうか。はた迷惑なことこの上ない――いや、何だかんだでこいつらといるのは楽しいから、迷惑ではないか。癪だけどむしろ感謝すべきだろう。
 取り敢えず、職員室に戻らないことを約束して手を離してもらう。
 木戸が綺麗にラッピングされた手のひらサイズの小袋を渡してきた。


「これは…?」

「クッキーだ」

「……賄賂?」

「教えてもらう礼だ阿呆!」

 オレが数学を教えることは確定済みらしい。それにしても、数学を教えてもらうこと前提にクッキーを作ったのだろうか、コイツ。
 瀬戸が「ん?」と声を上げた。

「先生、それ、新しいネクタイっすか?」

「え? ああ、うん。よく気付いたな」

「先生がどんなネクタイつけてるかは毎日チェックしてるっすから!」

「怖いんですけど!?」

 オレと瀬戸のやり取りを横で聞いていた鹿野が、フッと鼻で笑う。ほら瀬戸、「バカなことしてるなあ」って目で見られてるぞ――

「甘いねセト。僕はシンタロー君のパンツまで毎日チェックしてるよ!」

「すごく怖いんですけど!?」

 ――鹿野の方がバカなことをしていた。「ちなみに今日は青いチェックの――」黙れ。それと君づけやめろ。先生つけろ。
 そんな鹿野を、モモがこれまた鼻で笑う。嫌な予感がした。

「二人ともまだまだですね。私なんか、お兄ちゃんの寝顔とか寝言とか毎日チェックしてますよ!」

「何やってんだお前…!」

 写真もあるんですよ、と自慢げにケータイを皆に見せるモモ。撮ってたのか。そして四人共、送ってくれとか言ってんじゃねえよ。
 げんなりしていると、ふはははは、と腰から声がした。嫌な予感その二。
 ポケットからケータイを出すと、案の定、エネが高笑いしていた。職員室のPCに置いてきていたのにいつの間に…。

「三人とも甘いです! 私なんて、ご主人の入浴シーンやお着替え、吐いてるところも泣いてるところも、くまなく撮影・録音してますよ!」

「撮影・録音したものはどこにある!?」

 コイツは一番危険だ。オレの社会的生命が危うい。この前も職員室のPCのデスクトップを二次元画像にされた。青い髪に青い目の、ツインテールの少女だった。
 頭を抱えるオレ――の持つケータイにいるエネに、五人が食いつく。

「「「「「全部ください!」」」」」

「ダメに決まってんだろ!」


 ギュウギュウとケータイ――を持つオレにしがみついてくる五人。誰かの腕が首にかかって苦しい。オレは真面目に逃走方法を考え始めた。


 瞬間。


 キンコンカンコンと、チャイムが鳴った。オレはハッと我に返る。机に置かれた真っ白のプリントを見て、また頭を抱える。


「プリントやらせてねえ…」


 また理事長にチクチク嫌味を言われるのか。胃が痛い。そういや、楯山先生も理事長には弱かったらしいな。やだあの人と似てるとか。
 また後で! と名前すら書いていない白紙のプリントを元気よく渡してくる教え子達。悔しいけど、オレはコイツらが嫌いじゃない。



END.



* * *
スーツシンタローか白衣+ジャージシンタロー、どっちにしようか迷いましたが、スーツで。
コノハとか出せませんでした…。
焔様のみお持ち帰りオーケーです。書き直し受け付けます!

 

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