短編2

□早く戻って
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「丁度よかった、助けてくれシンタロー! カノ達が子どもになった!」
「…………わ、わりぃ、うちのモモもチビになった……」


 ちょっと手に負えない事態が起きたのでアジトを訪ねたら、おんぶ紐でカノをおんぶし抱っこ紐でセトを抱っこし、マリーを肩車するキドと玄関で鉢合わせた。ちなみにキドは、五十キロプラス七十二キロプラスリンゴ百三十個分持ちあげる怪力を発揮しているわけではない。三人共背や重さが著しく減っているのだ。五、六歳に見えるから一人二十キロとして、六十キロか。同じく二十キロくらいになっているモモ一人抱き上げるのにもへばるオレとは大違いだ。
 オレとキドはお互い子連れで見つめ合う。五秒、十秒としてから「あはは」と気まずく笑いあい、リビングに入った。


「おにーちゃんおままごとー!」
「ねーきどーおーなーかーすーいーたー」
「ま、まりー、なんでこわがってるんです……?」
「めのちからがぼうそうするかもしれなくて……せとがわたしにけいごつかう……ぐすっ」


 四人をカーペットに並べて座らせ、キドと見下ろす。カオスだった。あとカノとセトの声に違和感しかない。


「落ち着け、落ち着くんだシンタロー。整理を状況しよう」
「いや落ち着くのはお前だからな?」


 足をよじよじ登ってくるモモをカーペットに戻す。自室に戻ろうとしているらしいマリーはキドが止めた。幼児を一人にするのは、しかもそれがマリーなのは、非常に不安である。


「カノ達がオレを不審者扱いしないってことは記憶はあるみたいだな」
「そ、そうだな」
「モモがオレに優しいから、体と一緒に精神も幼児化したっぽいな」
「そう、なのか……」


 マリーの言葉から力の制御に不安を感じる。しかしふとした拍子に石にされるのもカノが欺きまくるのも、珍しいことではない。心を読まれるのは気にするだけ無駄だ、気にしないでおこう。キドから飛んでくる憐れみの目も。


「おにーちゃんだっこ! おままごと!」
「だ、だっこはもう十歳くらい若返ってくんねえと……」
「それじゃ消えてしまうだろ。そういえば、よくキサラギを連れてここまで来れたな」
「ぷぷ、ご主人ったら職質されたんですよー!」


今まで黙っていたエネが急に元気になった。「その時の音声です!」と録音していたらしいオレとお巡りさんのやり取りを流し出す。


『ちょっといいですか?』
『ひっ!? ああああああの、なななななにか……』
「うわっちょやめっ、やめろコラ! エネ!」
『……。君、学生? 働いてる? 真っ昼間にそんな子連れて……』
「あっはははは! おまわりさんからけいごぬけたー!」
『ひ、ひひ、ヒキニート、ですが……コイツはひもっ、いもうと、です』
『……そういう設定かい? ちょっと署まで……』


 ここで再生がブツン、と切れる。オレのその後のめくるめく苦労の数々は誰にも想像できまい。
 笑いすぎて腹が痛いらしいカノからセトとマリーがちまちまと避難した。目を開けないマリーの手をセトが引っ張っている。まるで、園に一組はいそうな幼児カップルだ。


「きどーおなかへったーおなかがびっぐばんしそうー」
「……それはどういう喩えなんだ……?」
「つーか朝飯あげてねえのか?」
「コイツらだけにするのが不安でな、作れていない」


 きゅーきゅるるー、とカノの腹が鳴る。眉尻を下げて物悲しそうに腹に手をやる姿は、元があのカノでも見た目が見た目だから可哀想に見えてくる。モモは家で食べさせてきたから平気そうだが、マリーとセトは腹を気にしだした。
 オレはチビ四人を見渡してから、決心してキドを振り向いた。


「オレが何とか面倒見るから作ってこい」
「シンタロー……大丈夫か?」
「…………いざとなったらエネに手伝ってもらいます」
「えっ私ですか? 仕方ないですねえ手伝ってあげますよ! フフフフフ」


 子どもの面倒なんてモモ以外見たことないが、背に腹は変えられない。空腹のままでいさせたらもっと酷いことになるに決まっている。主にカノが。誰とは言わないがカノが。
 すんなり手伝いを承諾してくれたエネだが含み笑いが怖い。言ってしまった後で思うのもアレだが、コイツ役に立つだろうか。


「そうか……悪い、なるべく早く作ってくる」
「いや、気にしないでウマイもん作ってやれ」
「おにーちゃんおままごとしてよおおおおおおおお」
「しんたろーくんかたぐるましてー」
「お、おれ、いぬがみたいです」
「しんたろー……せとのけいご、どうにかして……ぐすっ」
「…………スミマセンなるはやで作ってくださいゴメンナサイ」


 決まりませんねえ、と意地悪い笑顔のエネにバカにされる。キドは笑いと真面目が半々の顔で台所へ向かった。
 チビの目からしたらオレはでかく見えて物珍しいのだろう、わらわら寄ってきた。


「じゃあ、ままごとな、モモ。オレは過去をひきずるニジオタコミュショーヒキニートの兄、お前はセンスがちょっとアレなやたら目立つアイドルの妹な」
「まんまじゃないですか」


 エネの冷ややかなツッコミを受けつつ、いってらっしゃい仕事頑張れよ、とモモを仕事(ローテーブルの向こう側)に送り出す。目線を合わせる為にかがんだ際、カノが肩に乗ってきた。


「ほらはやくたってよー」
「……せめてお馬さんで許してください……」


 四つん這いになってカノを背中に乗せ、ハイハイで歩く。ローテーブルの……いや、モモの仕事場の傍を通ると「あんでるせん! にんじんあげる!」と見えない人参をもらった。モモの中でのオレは兄なのか馬なのか。


「いぬじゃないけど、うまでも……」
「おうまさんがいるの? しんたろーおうまさん?」
「カノ……も……もう……むり……」


 背中やら膝やら手のひらやらが痛くなってきて潰れてしまう。セトが半泣きで「おきゃくさまのなかにおじゅういさまはいらっしゃいますか!?」と辺りを見回した。子ども脳は訳が分からない。あと獣医って「お」とか様を付けるものなのか。


「キド……早く戻ってきてくれぇぇ……」


 オレの情けない勇姿を連写しているエネはちっとも助けにならない。
 疲労で気が遠くなりかける中、鼻にご飯のいい匂いが漂ってきた。



* * *



「こらセト、こぼしても怒らないから泣くな」


 千切りされたキャベツをテーブルに落としてしまい目に涙を溜めるセトを、キドが宥めた。ティッシュで口周りについたドレッシングを拭いてやっている。オレは膝の上にモモを乗せてあやしながら、三人の食事風景を見ていた。


「にしても何でこうなったかな……」
「ああ、不思議で仕方ない。まったく心当たりがないんだが……」


 早いとこ元に戻ってほしい。オレ達の目がふとした瞬間に及ばなくなって、その隙に何か飲み込んだりしたら怖いし、この育児体験的なシチュエーションはオレの中の何かのスキルを上げそうで怖い。
 テーブルに置いたスマホの中で、エネも考えている。しかし何も思い浮かばないらしく頭を抱えだした。


「あーもうさっぱりです! 変わったこと変わったこと……一週間前、妹さんが紅鮭ちゃんグッズに当選して……四日前は猫目さんが団長さんに蹴られず殴られず一日を過ごして……昨日は妹さんがまともなクッキー作ってきて……」
「……それだ」


 エネが怪訝そうに口を止めた。目を開けないマリーに目玉焼きを食べさせているキドも、オレを見た。対するオレは、気付けなかったバカな今までの自分を笑い、エネにキモがられた。


「モモのクッキーが原因だ。コイツが割とまともな味に作れた時点で、クッキーは未知の食べ物だと考えなきゃいけなかったんだ……!」
「マズい方がマシとか妹さんの料理って……」


 呆れるエネの言う通りだからモモのフォローはできない。キドが過去を振り向くように目を下に向け、思い当たる節がある顔になった。そして、震えながら俯く。


「……そうだ、そういえば、俺だけクッキーを食べなかった……覚悟を決めてから食べようと後回しにして……っ」
「きど……」
「でもご主人は食べてましたよね? なのに縮んでないですよ」


 懺悔するキドとその頭を撫でるマリーを横目に、エネが疑問をぶつけてきた。言われるまでもなく、そのことについても考えてある。


「オレが食べたのはいつも通りのクッキーだった。味がハルマゲドンのかわりにこんな副作用はないクッキーだ」


 ハルマゲドンってどんだけ……と身震いするエネから視線をそらし、首をかしげる。ただ一つ妙なのは、オレ達からすれば失敗作なクッキーを「上手く作れました!」と言い、オレ達からすれば成功しているクッキーを「ちょっと失敗しちゃったんですけど……」と言うモモが、自分的成功作をオレに渡してきた点だ。まあ、どうせ手違いだろうが。エネが何故か呆れた目でオレを見た。
 三人が食べ終え、食器がキドの手により纏められる。前から思っていたがキドのオカン属性は高レベルだ。


「原因は分かったが……いつ戻るんだ?」
「……クッキーが消化されるまで?」


 と答えておいたが、多分違う。あのクッキーを完全除去しないと戻らない可能性が高い。といったら消化より−−……考えたくない。
 オレの仮説が正しいとしたら、四人が元通りになるまで最長で三日ほど。その間世話をしなきゃいけないと思うと胃が痛い。


「シンタロー、とりあえず歯を磨かせよう」


 しかしまあ、キドもいるから何とかなるだろう。幽霊以外は、オレとコイツの苦手分野は違うし、補いあえるはずだ。





END.









* * *
幼児化メカクシ団と常識人シンキド、でした!
精一杯ギャグっぽくしてみましたがギャグですかねこれ。コノハとヒビヤ出せてないですすみません……。でも幼児があと二人増えたらシンタローが過労死しそうです。
リクエストありがとうございました!

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