短編2

□禁断の
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「−−−−!!」


 団員五人が集まりそれなりに賑わうリビングで、その声は何かを言っていると分かるくらいに響いた。なので内容は分からないのだが、語尾の「ます」は聞こえた。
 扉が壁に激突した音を聞いたと思ったら、荒々しい足音が後に続く。リビングに顔を出したモモが五人の視線を集めて立ちすくんだ。その一秒後、壁の方を気まずげに見ながら出ていった。


「……喧嘩か……?」


 カノの部屋の方を見ながら、シンタローは状況から考えた結果を呟いた。


「珍しいっスね、二人が喧嘩するの。あーでも、カノがキサラギさん怒らせたって可能性も……」
「最近仲が良かったのにな……」
「は?」


 モモとカノが話す頻度は、高くなく、低くなく−−そう思っていたシンタローは、素頓狂な声を上げた。
 マリーがキドの言葉にうんうんと頷き、シンタローに向けて口を開く。


「カノの部屋で二人で話したりね。みんなでいる時も、お互い近くにいるんだよ」
「ご主人がいる時は部屋で話しませんし距離とってますし……付き合ってるんですかねえ?」
「は!? つつつきあっ……は!?」


 驚きのあまりのけぞってしまい、ソファがささやかに揺れた。エネの最後の言葉が頭のなかでリピートされる。
 自分がいるときは距離をとっているといっても、今日は二人でカノの部屋にいたではないか。いや、そういえば、自分がアジトに来たときにはすでに二人はカノの部屋の中だった。
 そんなに仲良くしているのに、自分の前では普通のように振る舞う−−兄である自分に知られたくない、ということだろうか。


「う、嘘だろ……オレ、アイツに『お義兄さん』とか言われたくねえ……」
「痴話喧嘩かもしれませんねえ、さっきの」


 エネが口を萌え袖で隠して目を細める。完全に面白がっている。シンタローは頭を抱えて肘を膝につき、軽い絶望を味わった。


「シンタロー 、もしそれが事実だとして……二人の交際には反対か?」


 キドの揺れる声に頭と顔をあげる。案ずる顔をしていて、彼らもキョウダイだと思い出した。見るとセトもキドとまったく同じ顔で心配している。


「いや、驚いただけだ。お義兄さん呼びされたくないのも、今の呼ばれ方に慣れてるからってだけだし」


 首を振って笑って見せた。ちゃんと笑顔になっているかは疑わしいが、笑っていると分かってもらえるくらいには、付き合いは深くなっている。
 五人で話し合い、結論は様子を見るという所に落ちた。二人が交際しているのかどうかは、当事者がいないため分からずじまいだ。
 シンタローはカノの部屋の方向に目だけをやる。彼が今何を考えているか、見当もつかなかった。



* * *



 −−あれから丁度一週間が経った。


「周りから働きかけないと駄目みたいだな」


 洗い物を終えたキドが、ソファに腰を下ろしながら言った。モモは自分の家、カノは自室だ。
 二人の空気は、元に戻らなかった。シンタローがいようがいまいが距離を置き、カノの部屋で共に過ごすということにもなっていない。両者とも普段通りに装ってはいるが、不純物が紛れているような不自然さは消えない。


「シンタロー、頼んだ」
「は!?」


 何とも男前な表情のキドは、しかし他人に任せてきた。二人が恋人同士と仮定すると、モモの兄であるシンタローが仲裁役に適任だという、分かるような分からないような理論を述べられた。
 いやいやいやいやと首を振るシンタローを余所に周りは滑らかに動く。キドがモモを携帯で呼び出す。セトがマリーのパーカーを持ってきて持ち主に渡す。エネが誰かの携帯に移る。


「……じゃ、頼んだぞ」


 すみやかにアジトから出ていく四人の背中を見つめ、シンタローは、どうなっても知らねえと呟いた。



* * *



 皆が出ていったのでリビングに出ると、シンタローがいた。全員が外だとばかり思っていたので軽く驚く。


「シンタローくーんお留守番? その出不精治しなよ〜」
「う、うっせえなオレは今大役の重圧と戦ってんだよ……!」
「…………、はい?」


 たいやく、の漢字変換に数秒かかった。
 大役。シンタローにそんなものを任せるなんて、皆熱中症になってしまったのだろうか。誤用の意味での役不足だと思う。
 シンタローの向かいに座り、雑誌を流し読みする。一対一となると何を話せばいいか分からなくなる。自分と話してもシンタローは楽しくないかもしれないと思うと、からかうことしかできない。


「大役ってなに?」
「後で分かる」


 ほら、もう途切れた。


 しかし、後で分かるということは、自分が関係しているらしい。とするとあれだろうか−−当たりをつけたところで、張りのある挨拶が玄関から飛んできた。ビンゴだ。
 リビングに入ってきたモモは、シンタローとカノを見て眉を潜めた。


「……揃ったな。モモ、座れ」


 シンタローの指図をモモは黙って受け入れた。彼女の体がシンタローの隣に収まるのを見て、カノは欺きの中で歯噛みする。自分にはない度胸が羨ましい。妬ましい。
 両方の前腕を太ももに乗せ、指と指をいたずらに絡ませ、シンタローは口を小さく動かした。言葉を発したのかもしれないが、声すら聞こえなかった。


「ごめんシンタローくん。なんて?」
「いや……だから、お前ら……」
「私たちが喧嘩してるのが気になるの?」


 モモの助け船に、シンタローはほっとした顔になった。その顔は自分がさせたかった。
 自分達の喧嘩を皆が気にしていることには気づいていた。そろそろ仲直りした方がいいらしい。


「ナイスタイミングだよシンタローくん! 仲直りしたかったけどきっかけがなくてさー困ってたんだ!」
「……そうだね。私もカノさんと同じこと思ってた。あのときは……言いすぎました。すみません」
「いやいや僕こそごめんね?」


 大袈裟でないくらいの明るさで仲直りを持ちかける。気にしていないわけはない。が、潮時のようだから仕方ない。水に流すことにする。
 モモは奇妙にならないだけの間を開けてから、カノが感心するくらいの作り笑いを浮かべた。言いすぎたと思っていないこと、謝罪が表面上のものであることが語調に表れている。心の機微に疎いシンタローは、単純に仲直りを喜んだ。
 これで大役は終了だろうとカノは思ったが、シンタローは表情を引き締めた。


「……エネが言ってたけど、あんたらって付き合ってんのか?」
「…………え?」
「…………」


 つとめて何でもない風に言った様子のシンタローだが、顔が十分に緊張していた。
 飛んでもない空耳を聞いてしまい、カノはうっかり声をあげた。同じ空耳を聞いたのだろうか。モモにいたっては無言だ。


「別に気にしなくていいんだぞ? 確かにカノはうざい・胡散臭い・鬱陶しいの3U男だけど悪い奴じゃないし。反対しねえから隠さなくても−−」
「ちょちょちょっと待とうかシンタローくん。あと僕の評価撤回しようね!?」
「わ……私がカノさんと付き合……うぷ」


 気を遣いすぎて多弁になっているシンタローを遮る。青い顔で自分の口を押さえるモモと視線を交わす。これは、ひょっとしなくても勘違いされている。モモの顔が分かりやすく歪んだ。
 どう誤解を解くか思案しているとモモが立ち上がった。シンタローを悲しげに睨んで怒鳴る。


「私が好きなのはカノさんじゃないよ! お兄ちゃんのばか!」
「っ、おいモモ!?」


 これ以上ここにいると何をぶちまけてしまうか−−そう思ったのだろう。モモは振り返らずにアジトを飛び出していった。
 何なんだ、とシンタローは玄関の方を見て呆然としている。カノはそんな彼に笑いかける。


「僕もキサラギちゃんも、好きな人について相談しあってただけだよ」
「え?」
「じゃっ、僕は散歩に行こうかな!」


 随分とわざとらしく言ってから、シンタローを置き去りに外へ出る。今想いを告げても実らないことは分かっている。


「……まったく、恋ってうまくいかないものだね」



* * *



 モモとカノは、恋敵という仲だった。

 モモは兄を、カノはかつて憎んでいた男を。つまりはどちらも、一般とは離れた対象を好きになっていた。ゆえに表だったアピールはできず、誰にも気取られないように好感度を上げようともがいていた。
 元々人をよく分かっていない彼に地味なアピールが通じるわけもなく、関係はまるで変らない。そのことに焦燥感を抱いた二人は、お互いを彼の代わりにして愛を囁きあい、平静を保ちだした。


「お兄ちゃん、大好き」
「血の繋がった兄を好きになるとか、お前本当に馬鹿だな」
「ならお兄ちゃんだってばかじゃん」
「……そうだな」


 カノが欺いてシンタローを装う。もしくは、


「シンタローくん、今日もかわいいね」
『きもい』
「事実言っただけじゃーん」
『うざい』


 モモが、お手製のシンタローボイスを使う。カノ曰く、目を細めた自分はシンタローにそっくりらしい。
 そんな代用で心が休まるのかと聞かれれば、曖昧に笑うしかない。傍からすれば失笑ものの行為だろう。特に、モモをシンタローとして扱うことは。それでも、確かに、誤魔化しにはなったのだ。


 喧嘩の発端は、キサラギちゃんは女の子でいいね、というカノの言葉だった。


「……ふざけないでください。女でも、正真正銘の妹なんですよ。男でも、血が繋がらない方がよっぽどいいです」
「何言ってんの。どうしたって男同士は普通とは違うんだよ。君なら、君とシンタローくんを知らない場所で人目を気にせず暮らせるじゃん」
「同性でも結婚できる国は結構あるじゃないですか。完全に近親婚を認める国はありません。しかも日本に戻ったら犯罪者にされる可能性が高いなんて……男同士の方がましです」


 ネットや本で調べた時は絶望したものだ。近親は禁忌。重罪。地獄に落ちる。
 もっと昔に生まれていたら。
 お互い、そういった対象で見てもらいづらい立場だ。しかし、男の方が望みがあると、やはりモモは思う。


 キスがしたい。抱きしめられたい。女の子として大事にされたい。


「帰ります!」


 怒鳴って宣言して、気付けば自分の部屋にいた。それからさっきまで、その仲たがいは続いていたのだ。
 

「…………」


 ずずっと鼻を啜る。追いかけてきてくれないかな、とどこかで期待していた。
 今頃、シンタローはカノといるのだろうか。引き返したい気持ちを押さえつけて家に帰った。
 辛さを感じたくなくて眠りたいのに、辛くて眠れない。何度目かの寝返りを打ったとき、ドアがノックされた。


「……モモ、何か知らねえけど、ごめん」


 −−お兄ちゃん。


 心臓が強く脈打つ。耳がカッと熱を持った。心配して、声をかけてくれた。
 あまのじゃくな口は「何が悪いか分かってないくせに謝んないでよ」と言ってしまったが、シンタローは気分を害したような反応はしなかった。


「なあ、お前の好きな奴って、ちゃんといい奴か?」


 気にしてもらえて嬉しかったのに、見せられないくらい顔が赤かったのに。温度は下がった。胸が静かになる。
 心配されている。兄として。それは全然、嬉しくない。
 滲んだ視界を閉じる。


「すごく、バカな人だよ」





END.









* * *
ちょっとモモにスポット当てすぎましたかね? 私の判断でカノモモになりかねない描写をいれてしまいましたが、それはちょっと……という場合は仰ってくださいませ!
リクエストありがとうございました!

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