短編2

□これが精一杯
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 自分の分の上着を着て、キドはシンタローと外へ出る。行き帰り、割とシンタローといるエネは今日はいなかった。気を遣われたのだろうか。彼女がいた方が正直、間が持って助かるのに。
 
 
「……寒いな」
「そうだな。シンタローお前、これをジャージで帰ろうとしたのか」
「うっせ」
「……」
「……」
 
 
 キドは別に、沈黙が嫌いなわけでも苦手なわけでもない。ただ、シンタローもそう思っているか分からないから、気まずいような感じがする。
 何かないかとシンタローを横目で見る。すると、ダウンを掴む手の赤さが視界に入った。
 
 
「手袋、持ってきてないのか?」
「ああ、こんなに寒くなるなんて思わなかった」
「ポケットに入れておいたらどうだ、手」
「いや……」
「痛そうで気になる」
「んー……」
 
 
 羽織っただけでは、ポケットに手を入れてはずり落ちてしまう。しかし着ればあざといらしい萌え袖というものになる。だから渋っているのだろうが、重ねて言うとシンタローが折れた。手を袖に通してすぐさまポケットにつっこむ。やはり寒かったのだろう。そして萌え袖が何なのか、結局わからずじまいだった。袖のことだと思うが、手首辺りからポケットに入っていてよく分からない。もしかするとシンタローは、萌え袖が何たるかを知られたくなくて手をすぐに隠したのだろうか。
 それから、ぽつりぽつりと、間をおいて垂れる水滴のように言葉を交わした。夜は身を切るように冷たくて、口から昇る吐息はうっすら白くて、耳にはシンタローの声が届く。体中がこの時を記憶しているようだった。シンタローが足に足をつっかけて転びかけた時は咄嗟に腕をつかんだ。トレーナーにジャージ、ダウンを着ているのに彼女の腕はずいぶん細かった。
 
 
「キドって意外と力あるよな……いや、意外じゃないか。でかいし。でもセトより細く見える」
「たしかに、体重はアイツとどっこいどっこいだな」
「キドの方がでかいんだったか」
「二、三センチくらいだけどな」
 
 
 ちら、とシンタローを目だけで見下ろす。百六十あるかないかの彼女のつむじは見下ろしやすい。ダウンの内側に入っていたり、体の前側に流れていたり、背中を覆う、義姉と同じくらいの長さの髪がどんなふうに揺れているかもよく見える。何となく撫でたくなったが、唐突すぎるだろうから堪えた。
 角を曲がると、数えるほどしか見たことがないが覚えのある家が見えた。あまり会話を交わさなかったわりに、如月家に着くまでの時間は早く感じた。玄関の前で、シンタローが礼を言う。それに返したあと、キドは気になっていたことを口にのせた。
 
 
「萌え袖、というのはどんな袖なんだ?」
「え? ああ……たいしたもんじゃない」
「だったら教えてくれ」
 
 
 そんなに知られたくないのなら、帰ってからパソコンで調べてもいいのだが。キドはシンタローがもう一度嫌がればそうするつもりでいた。が、シンタローは仕方ない、という顔で両手をポケットから出した。二十センチ近く身長の離れたキドの服では、指を上に向けてもその先っぽしか見えない。
 
 
「ようするに袖余りだよ。こういうのを可愛いって思ったりするんだよ。まあオレがやっても変なだけ……」
「……ああ……」
 
 
 ほんのり見えた、赤みがかかった白い指の先は、なるほど、
 
 
「たしかに、かわいいな」
 
 
 沈黙。
 
 
 キドは音もなく深呼吸をする。目を細めて唇の端を吊り上げて、かすかに首をかしげる。頬は寒さですでに赤いはず。それが救いだった。
 
 
「じゃあ、またな」
 
 
 シンタローがさよならを返すのを待たずに背を向ける。足早になりすぎないように気を付けながら歩き、角を曲がったところで音になるほど大きく息を吐いて塀にもたれかかる。てのひらを熱を持った耳に押し付けた。
 見開かれたシンタローの目。口は人差し指の先が入る程度に開いていた。驚いていたと思う。絶対に驚いていた。
 この気持ちに気付かれてしまっただろうか――いや、事実を言っただけなのだから何もおかしいことはないはず。それだけを頭の中で繰り返し、キドは再び歩き出す。
 
 
「上着、忘れたな……」
 
 
 取りに戻る勇気はない。後日シンタローに持ってこさせるという手間をかけさせてしまうが、仕方ない。そのまま家路についた。





END.









* * *
キド♂シン♀の身長はだいたい16歳男子の身長+10、18歳女子の身長+1。ネットで調べた身長ですが。そういえばコノハはBMIが低いですね。リクエストありがとうございました!
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