短編

□Queen Of Kingdom
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「ほら、盗ってきた」

「ありがとうございます。じゃ、次はこれ盗ってきてください」

「…はいはい」

 ちゃんと金を払ってるからいいけど、本当に依頼多いなこいつ。さすが金持ちの息子。
 成功報酬をもらい、ついでとばかりに次の依頼をされ前金をもらいう。

「何だコレ……毛皮? なんで欲しいんだ…?」

 オレは基本、依頼人に依頼の理由は訊かないけど、コイツは別だった。長い付き合いだし、コイツのことを知りたいっていう感情もあったから。仕事に個人の感情を介入させるのは良くないけど、コイツもオレに色々訊いてくるし。

「セルキーの毛皮です、それ」

「…セルキー……毛皮?」

「はい。セルキーというのはアイルランドのアザラシ妖精なんですが、その毛皮を持っていれば、毛皮の持ち主のセルキーを言いなりにできるんです」

「……お前、セルキー操りたいのか?」

「……そんな引いた目で見ないでください。そんなこと思ってませんから。……でも僕まだ十一歳ですよ。もしそんなこと思ってても、引くことはないでしょ」

「お前を十一歳とは思えない」

 十一歳児は裏ルートを辿ってたどり着いたオレに盗みを依頼したりしない。そうでなくてもコイツは十一歳児にあるまじき性格を持っている。ふてぶてしいのだ。
 珍しいことに関しては、オレより詳しいし。
 コイツの影響で、オレは妖精や精霊の類いをすっかり信じるようになっていた。


 …とにかく、理由は分かった。面白い豆知識も手に入った。
 オレは札束をまんま懐に入れて立ち上がる。ちなみにここは、コイツの家のコイツの部屋。うちのリビングの倍の広さがある。

「いつまでに欲しい?」

「一週間後に、今日と同じ時間に持ってきてください。なので、盗むのはその前日に」

「……毎度思うが、その細かい指定は何なんだ…」

「本当は毎日会い――持ってきてもらいたいですけど、それはシンタローさんの体がもたなそうじゃないですか。だから一週間後」

「…………」

 七歳下の奴に気遣われた。そしてそれを喜ぶオレって…。
 赤い顔をドアに向けて隠す。

「…まあ、うん、任せろ」

「はい。警察から逃げるシンタローさんのかわいいかわいい叫び声、楽しみにしてます」

「……なんで聞いてんだ…」

「エネさんが聞かせてくれるから」

「あああもう…」

 余計なことを。

 ポケットのケータイがブブブと鳴る。メール受信の鳴り方でも、着信の鳴り方でもない。タイミングからしてエネからだ。
 ケータイを握りつぶしたい衝動に駆られたが、当然、オレにそんな握力はなく。

「じゃ、頼みます、シンタローさん」

「……ああ、任せとけ、ヒビヤ」

 オレは溜め息を残して、屋敷をあとにした。



* * *



 毛皮は手に入った。手に入れるまでの段階は、簡単に進む。問題はここから。


「待てええぇ怪盗ヒキニートオオォ!!」

「うわああああっ、嫌だあああっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」

「謝って済むなら俺達はいらん!」


 今回も警部以下、数十の警察に追いかけられる。熱血警部の熱血が怖い。捕まったら殺される…!


「勘弁してくださいぃっ。出来心だったんです! もうやりませんすみませんっ!!」

「お前は何回出来心を起こしとるんだ! なにが『もうやりません』だ! 今日で五十三回目の盗みだぞ!」

「五十二回もオレを取り逃がし――何でもないです口が滑りました! ごめんなさいホントすみません!」

『うっかり土下座とかしたら捕まりますからね、ご主人』

 今まさに土下座しようとした時、耳に突っ込んだイヤホンからエネの声がした。お陰で捕まらずに済んだが、

「おま、ヒビヤに今の様子中継してないだろうな!?」

『音声のみの中継をしていますっ』

「今すぐ止めろ! …はぁっ、は…」

 この何とも情けないオレの様子が、ヒビヤに聞こえているなんて――心が折れそうだ…。
 そして、そろそろオレの体力が持たない。怪盗ヒキニートという、なんだか矛盾した通り名を持つオレだが、ヒキニート並みに体力がない。長い廊下を走るのにも飽きた。


『シンタローさん、頑張ってください。あ、それと…声、かわいいですよ』

 ヒビヤの声がイヤホンから耳に届く。
 なぜ繋がってる。そしてなにが「かわいい声」だ。年上をからかうな――


 ――と言いたいが、言う余裕がない。警察はオレの真後ろを、金魚のフンみたいにくっついて追い回している。
 捕縛の危機が後ろから手を伸ばしてくる。冷や汗ものだけど、それは毎度のことだ。体力が平均を大きく下回るオレが怪盗をやってられるのは、頭を使っているからだ。

 バラバラッ、と見た目はスーパーボールな物体を床にばらまく。警部達は少し動揺したようだが、足を緩めはしなかった。そこは計算通り。


 パンパンパン――ボールから音と煙が飛び出す。煙は廊下を埋め尽くした。オレから向こうは見えないし、向こうからオレは見えない。


 館内のセキュリティを逆手にとったり、手品もどきでごまかしたり、犯行前に色々仕込んだり、今みたいに目眩ましをしたり。
 そういう努力をして、オレは怪盗を名乗っている。


 醜態を聞かれまくったが、そんな感じに、今日も逃げきった。



* * *



『ヒビヤ、だ、い…す…き』

「……人の声で何してんだお前」

「昨日録ったシンタローさんの声を切って繋げてます」

 なぜ愛の告白を言わせるんだ…。

「僕も大好きですー」なんて言って遊んでるヒビヤ。心臓に悪い。

 現在、昼。ヒビヤの屋敷。


 オレは布に包んだ毛皮をテーブルに置いた。ヒビヤは少し真面目な顔になって、灰色でもっさりしたソレを眺める。

「意外と普通だな…でも神秘的に見えなくもない」

「先入観なんじゃねえの?」

「かもしれませんね。……ありがとうございました。これ、成功報酬です」

 渡された札束。適当に枚数を数える。多分十枚。この額が今回の盗みに適した額かは分からないが、これだけあれば暮らしていける。これ以上はいらない。ヒビヤからの依頼がありすぎて、貯金はぶっとんだ金額になってるし。
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