短編

□風邪の功名
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 一ヶ月前から、この日を待っていた。念入りに作戦をたて、慎重に時期を見計らい、先日やっと了承させた。

 この日――一年に一度、日付が1で埋まる日。十一月十一日。ポッキーの日。

 了承させたというのは勿論、ポッキーゲーム。うぶで照れ屋なシンタロー君を頷かせるため、ご機嫌とり等のやるべきことは全てやった。結果、一回だけポッキーゲームをさせてもらえることになり、僕は十一月十一日を指折り数えて待っていた。


 ……なのに。


「こほけほっ…ごほっ……」

「大丈夫か? …ちゃんと寝てろ」

 風邪ひいた。
 昨日までは咳もなかったし、喉も痛くなかった。なのに今日起きたら、咳が止まらないし喉が唾を飲む度に痛んだ。おまけに熱があった。
 どうしてよりによって今日…。これじゃあポッキーゲームできない。シンタロー君に風邪を移してしまう。
 シンタロー君が濡れタオルを僕の額に置いた。熱があるといっても、三十七度前半なんだけど……必死に看病してくれるシンタロー君が可愛いので、されるがままにしている。

「……カノ……本当に、ポッキーゲームしなくていいのか?」

「メチャクチャしたいけど、シンタロー君に移すわけにはいかないから、できないんだって」

 この会話を繰り返すのは四度目だ。約束を守りたいのか、シンタロー君はポッキーゲームをしたがっていた。
 風邪移るくらいかまわないのに、と唇を尖らせる姿はかわいくて、何でもお願いを聞いてしまいそうになる。でも、移すのは嫌だからポッキーゲームはしない。

 シンタロー君は、僕がどんな鋼鉄の意思で耐えているかをよく分かっていないと思う。

「カノ、おかゆ食うか? 長ネギ尻に突っ込むか? なんかして欲しいことあったら言えよ」


 そしてシンタロー君は、病人には普段の三割――五割増しでデレるようだった。


「おかゆ食べたい。それと訂正するけど、ネギは尻に突っ込むんじゃなくて首に巻くんだよ」

「そうなのか」

「そうだよ。……あー……ポッキーゲームやりたい…」

「だからやればいいだろ」

「君に風邪が移るでしょ」

 あ、赤くなった。

「……ま、まあ、別に、今日しなくても……明日とか――治ってから、すればいいし、な…」

 一生病気でいいかもしれない。シンタロー君がここまでデレるとは…。
 ポッキーゲームは後日にする、という意見には大賛成だけど、せっかくのポッキーの日だし、何かしたいな。ポッキーにちなんだ何か。


 …………うん、いいこと思いついた。

「シンタロー君。リビングのテーブルにポッキーあるから取ってきてくれない? 食べたいから」

「分かった」

 シンタロー君がドアの向こうに消える。僕は何となく、深く息を吐いた。
 来年ポッキーゲームを頼む時は、病気のフリをして頼もう。一発でOKしてくれそうだ。
 待つこと十数秒。シンタロー君はすぐ戻ってきた。リビングのテーブルは片付いているから、ポッキーはすぐ見つかっただろう。ちなみに味はイチゴ。
 シンタロー君が箱を空け、袋を開き、ポッキーを一本摘まみ出した。

 口の前に差し出されるお菓子。

「ん」


 ……これはまさか、世に言う「あーん」……? 僕が思いついた「いいこと」じゃないか…。


 シンタロー君が首を右に傾ける。

「食べねえの?」

「た、食べる! 食べるよ!」

「…ん」

 ポッキーが更に口に近づく。開けると、イチゴ味は口内に入っていく。しかもシンタロー君は食べ終えるまでポッキーから指を離さないから、最後の一かじりを終える時、彼の人差し指が僕の唇に触れる。シンタロー君の指は柔らかかった。

 まったく頬を染めていないところを見ると、シンタロー君はこの行為を恥ずかしがっていないようだ。ナチュラルに「あーん」を行っている。

 思いついたことを、お願いする前に実行された。だからか、更なるいいことを思いついた。

「シンタロー君、クリーム塗られてる方持ってくれない? たまにはカリカリな方から食べたい」

 ポッキーは何も塗られていないカリカリ部分を摘まんで食べるのが一般的だと思うけど、僕はクリームが塗られてる方をシンタロー君に摘まんでもらいたかった。
「指がベタベタになるから嫌だ」の言葉で拒否されたら次の手を考えないといけない。けど、シンタロー君は何も言わず頷いた。これも病気効果だろうか。

 残りのポッキーは十数本。シンタロー君はその全てを、クリームが塗られた方を持って食べさせてくれた。
 そして、最後の一本。

 ポリポリと、ポッキーが短くなっていく。ポリポリと、ポリポリと。

 やがてシンタロー君の人差し指が僕の唇に到達し――


 僕はその指に食らいついた。


「ふあっ!?」

 シンタロー君が裏返りぎみの声をあげる。本人は間抜けな声、と思ってるだろうけど、僕からしたらすごくゾクゾクくる声だ。
 イチゴクリームが馴染んだシンタロー君の人差し指、そして親指。イチゴの味を舐めとって、爪と皮膚の境を舌で押してやる。

 自分の指を舐めても何も感じないが、他人に舐められるとけっこう感じるらしい。シンタロー君は、小さく息を飲んだり、小さく体をびくつかせたりしている。

 イチゴとシンタロー君の味を舐め終え、口を離す。


「ごちそうさま」


 笑うと、シンタロー君はいつからか赤くなっていた顔をますます赤くした。
「いいこと」――シンタロー君を赤くさせる作戦、成功。



END.



* * *
シンタローの好きな味がイチゴ系統になりつつある今日この頃。けっこう由々しいです、この事態。ポッキーの日ネタ、意外と難しいですね…。

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