短編
□大輪二つ
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キドにおつかいを頼まれた僕は、嫌がるシンタロー君を半ば引きずって街に出ていた。日曜の街はいつにもまして人がいる。人酔いしかけているシンタロー君を半ば引きずって、頼まれた品を買っていく。
「なあ…なんでオレをつれてきたんだよ…。荷物持ちにはなれないし、すぐばてるから手間かけさせるだけだぞ」
「分かってないなあシンタロー君は。こうして二人きりになれた、っていう利点があるじゃないか! 最近は皆といてなかなかなかなか二人きりになれなかったからね。僕のテンションはマックスだよ! いや、マックスなんか通り越して「もういい!」」
シンタロー君がほんのり赤くなった顔で怒鳴り、自分を引きずる僕の手を振り払った。僕の隣を歩くようになる――怒っての行動なのに、僕を喜ばせてるよこれじゃあ。
紳士的に、シンタロー君が持つレジ袋二つの内、一つをとる。律儀なシンタロー君は怒っていてもお礼を言う。
「さんきゅ…………」
そして、残り一つの袋を地面に落とした。パサッ、と軽い音がした。
「シンタロー君?」
「…ヤノ……?」
呟いて走り出すシンタロー君。速い。今まで見たシンタロー君の走りとは比べ物にならないくらい速い。僕はシンタロー君が落とした袋を拾い、後を追った。
シンタロー君は人混みをすいすい進んでいく。シンタロー君、一体どうしたの? 面倒臭がりの君がそんな必死になるなんて。
僕がシンタロー君に追いついた頃、シンタロー君は一人の女の子と向き合っていた。女の子は小柄で、黒い革のジャンパーに灰色のスカートを履いている。首に巻かれた赤いマフラーが鮮やか。髪は黒くて真っ直ぐで長い。顔は、クールビューティーって感じ。
「あ……すみ、ません」
シンタロー君が謝る。どもったのは、緊張からじゃなく、失望からのようだ。軽く下げられる頭。
「人違い、でした」
女の子の反応も見ずに、走った道を戻っていくシンタロー君。
僕は、シンタロー君の行動の意味をやっと理解した。
シンタロー君の呟きの意味も理解する。よく聞こえなかったけど、あれは人の名前だ。
その名前は、
* * *
「楯山文乃、ってそんなにシンタロー君の大事な人だったの?」
アジトのリビングで僕はキサラギちゃんに聞いた。キドは買い物、セトはバイト、マリーは自室で内職。シンタロー君は、自宅にいる。
キサラギちゃんは炭酸おしるこを飲みほし、あたりめを口にくわえた。それでいいのかアイドル。
「アヤノさん、ですか。気になります?」
「うわっ、憎たらしい顔するねえ」
「口に出しますか普通…」
だって、思いきり「面白そう!」て顔されたし。こう、「カノシンでカノ嫉妬ぷまい」みたいな顔。
キサラギちゃんはニヤニヤ笑って語り出す。その顔、写真に撮って雑誌会社に送ってやろうか…。
「アヤノさんは、お兄ちゃんの命の恩人ですねー」
「命の恩人?」
「はい。あの人がいなかったら、お兄ちゃんはとっくに死んでます。たとえじゃないですよ。お兄ちゃんの自殺を未遂にしたの、あの人ですから」
シンタロー君の命の恩人――じゃあ、楯山文乃がいなきゃ、僕はシンタロー君に会えていなかったのか。
「お兄ちゃんのヒキニートの原因がアヤノさんだってことは知ってますよね?」
「うん」
「それだけお兄ちゃんにとって、アヤノさんは大事な人なんです。恋してたのかはよく分かりませんけど。あの二人、恋愛を越えてるような気がしましたし」
「…………」
「…きっと誰も、アヤノさんには勝てない。お兄ちゃんの一番は、永遠にアヤノさん」
キサラギちゃんの最後の二言は、僕の嫉妬心を煽ろうとして言ったのではないようだった。本心から、そう思っているようだった。
多分、シンタロー君の一番が不動なのは、その一番が死んでいるから。しかも、自殺。存在を刻むのにこれほど良い方法はない。
僕が自殺したら、シンタロー君の一番は二人に増えるだろう……死んだりしないけど。
僕の中の嫉妬心は、膨らむばかりだった。
* * *
キサラギちゃんを置いてアジトを出て、キサラギ家に向かう。どす黒いもやが胸を重くしていた。
キサラギ家の呼び鈴を鳴らすと、シンタロー君達の母親が出てきた。軽く挨拶を交わしてシンタロー君の部屋に入る。ドアノブを回した瞬間に笑顔を作る。
「やっほーシンタロー君! 僕だよ……あれ」
寝てる。
掛け布団で首から下を覆って、仰向けになって、シンタロー君は眠っていた。お昼寝中だったのか。