短編

□寒空のコンタクト
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「好きな人はいる? いたら教えてほしいな」

「……なんで?」

「応援したいから」

「……へえ…………いない、べつに」

 そう答えた彼女の寂しげな笑みの意味を知ったのは、三日後に「好き」と告げられた時だった。



* * *



 オレとアヤノは恋人同士。多分、だけど。
 それらしい行為をしたことがない。キスはもちろん、手を繋いだこともない。これまで親友として一緒にいすぎたから、距離を縮める方法が分からない。
 ……本当に、したことがない。二人きりで勉強していても、二人きりで帰っても、お互いの部屋に二人きりでいても。

 もしかしたら、アヤノはオレを彼女だなんて思っていないのかもしれない。

 アヤノに「好き」と告げて、「僕もシンタローが好きだよ」と言われて、告白は成功したと思ってた。けど、アヤノはオレの「好き」を友情の「好き」と受け取ったのかもしれない。
 だとしたらオレ、すごく馬鹿みたいだ。勝手に浮かれて。……泣きたくなってきて、慌ててきつく目を閉じる。
 現実逃避でアヤノのことを考えたのに、それで泣くなら、現実と向き合う方がマシだ。
 意識を外側に向け、現実と向き合う。


「――内田も如月さんが好きなんだって」

「えー、内藤もだよ? ああ、あと、内野も川内も」

「どうしてあんな暗い奴が好きなんだろうなあ、男子は」

「胸がデカイからじゃない?」

「男子からしたら如月さんみたいなのって『守ってあげたくなるカワイイ女の子』だしね」


 ……他の現実逃避方法を考えようかな……。


 オレは今、廊下に立っている。自分の教室の壁にもたれて。教室では同じ組の女子がダベっている。オレへの敵意を喋っている。

 オレは放課後の一人きりの教室で、成績が危なくて先生に呼ばれたアヤノを待っていた。トイレに行くため教室を出て、戻ったら、彼女達がいた。思わず立ち止まったら、オレに対する悪意が聞こえた。
 彼女達にどう思われてもどうでもいいけど、教室に入る勇気はなかった。教室にはアヤノとオレの荷物があるのに。
 入ったら、彼女達はオレがお喋りを聞いていたことを知る。自分が敵意を向けていることを相手に気付かれた時、いじめが発生することがある。いじめはさすがに嫌だ。だから、入れない。

 そんなこんなで廊下に突っ立って、十数分は経った。彼女達の話題は変わらない。よっぽどオレが気に食わないか。
 どう思われてもどうでもよくても、自分への悪口を聞き続けたら、嫌になるし、怖くなる。
 スカートの裾を握って耐える。


 アヤノ。

 いつまで怒られてんだ。

 早く戻ってこい。

 戻って、来て。

 オレのところに。


 ガリ勉とか根暗とかぶりっ子とか、そんな言葉は聞いてたくない。
 逃げたいけど、オレはアヤノに教室で待ってる、って言ったんだ。
 聞きたくないけど耳に入ってくる悪意達。それに混じって気付けなかった。
 こっちに近づく足音に。

 視界に影が落ちた――と思うと同時に、ふわりと首元があったかくなった。目に赤が映る。


「シーンタロッ」


 囁き声が頭を撫でた。
 お待たせ、と微笑む気配。
 近づいたぬくもりが離れた。次いで、閉まっていたドアが開く音。足音が教室へ入っていく。

「待ちくたびれたよ……」

 ああでも頬が緩んでく。
 やっぱりアイツが大好きだ。



* * *



 まったく、うちの担任は本当に話が長い。校長並みに長い。
 シンタローが待ってるから早く教室に戻りたい。けど僕にはもう一つやることがある。
 体育館裏という、いじめや告白の王道な場所に僕は向かった。
 そこには、髪を撫でたり服のシワを伸ばしたり、と落ち着かない男子生徒がいた。学年は分からないけど、僕は三年だから敬語を使う必要はない。

「やあ」

 にっこり笑って声をかけると、男子生徒はびくりとこっちを振り向いた。緊張でガチガチに固まった顔が、僕を認識して怪訝そうになる。
 無理もないよね、呼び出した子とは違う人が来たんだから。

「シンタローはここには来ないよ。あの子は君の手紙のことを知らないから」

 話があるので、放課後、体育館裏に来てください――シンタローの靴箱に入っていた手紙。ラブレター。
 なぜシンタローがそれを知らず、僕が知っているかというと、「靴に画鋲が入ってるかも」と僕が毎朝シンタローの靴箱を開け、シンタローの上靴を下に下ろすから。シンタローに靴箱を見ないようにさせながら。
 靴に画鋲って結構酷い理由だけど、実際に前あったことだ。だからシンタローは不審に思わない。

 今日靴箱に入っていた手紙を回収した僕は、目の前で固まっている男子生徒に釘をぶっ刺すために、ここに来た。
 男子生徒は口をパクパクさせて何か言っている。その言葉はとても断片的で、言葉、というより、声、だった。

 
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