長編
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何十と人がいるにも関わらず静かな館内。柔らかい絨毯は足音を最大限消している。だから、異常に静か。
「退屈だなあー。簡単すぎ」
呟いた言葉が寂しく絨毯に落ちた。簡単すぎ。
こっちは手口変えてないんだから、もうちょっと張り合い見せらんないのかな。退屈すぎ。
目当ての物は、赤外線だらけの部屋の中。線と線の間は人が通れないくらいの隙間しかないだろうけど、あんまり意味ない。
天井裏に入って目当ての部屋の上まで進む。暗いけど、鍛えてるから平気。お目当ての品の真上より少し出口側に行き、天井を外し、
赤外線が密集する下に飛び降りた。
ジリリリリリリリリリリリッ。
ブザーが鳴り響き、館内は一気に騒がしくなった。けど、今更遅いよ。僕はもうガラスケースを開けてお目当ての品を手に入れたから。
「K!」
目の前のドアが観音開きに開いた。飛び込んでくるのは、見知った――見飽きた顔の警部と、その部下達。毎度こんな展開になる。コイツらの烏合の衆っぷりは相当だ。
僕は鼻で笑ってから、手に持った品を警部に見せた。
「予告通り、午後八時に『レッド・スター』はいただいたよ。そんじゃまたね、警部――ああ、やっぱもう会いたくない。もっとすごい奴を僕の担当してくれないかな」
「なっ、この、人を馬鹿にして…!」
オッサンのヒステリーって見苦しいなあ。特に、警部みたいな怖い顔のオッサンのヒステリーは。
天井からぶら下がるロープ――飛び降りる直前、天井に繋いどいた――をつたって天井裏に戻る。警部達が同じようにして登ってこようとするから、ロープを切ってやった。
下からの怒号を尻目にその場を離れる。適当な場所で飛び降りて、絨毯に着地。警部の部下の一人に姿を欺いて、「K」を探すふりをしながら外に出る。
「上手くいったか?」
門の前で上司が待っていた。上司といっても名目上で、実際は幼馴染みだけど。ちなみに、中性的な顔をしているけど、女の子だ。
「もちろん」
僕は力を解いて彼女に駆けよった。彼女の力が僕にも掛かる。これで絶対安心。
彼女はそうか、とだけ言って歩き出した。僕も歩き、彼女の隣に並ぶ。
背後では、警部達がまだ騒いでいた。
* * *
「『怪盗K、またも警察の手を逃れる!』だそうッスよ。いやー有名っすねー」
朝食のパンをかじりながら新聞を読む、というサラリーマンみたいなことをしながら、セトが言った。揶揄の口調に聞こえるのは僕の気のせいかな?
マリーがセトの背中越しに新聞を覗いた。
「わ、おっきく載ってる……セト、すごいね」
「マリーほどじゃないっすよ〜。マリー、いつも頑張ってるじゃないすか」
「……どうしてそこでお互いを褒めるのかな、君達は。褒めるべきは僕だよね?」
現場まで行って対象を盗んでるのは僕なんだけど。怪盗Kの「K」はカノの「K」なんだけど。
二人は「え?」と心底不思議そうな顔で僕を見た。
「マリーが警備員を石にするから、カノが侵入できるんすよね?」
「セトが建物とか人の情報見るから、カノは一番安全なルートを知れるんだよね?」
「功労者はマリーじゃないっすか」
「すごいのはセトだよね?」
……嫌だこのバカップル――いや、カップルじゃないんだっけ。お互いに恋愛感情がない(らしい。本人達が気付いてないだけかもしれない)くせに、この仲良しっぷりって。
「お前らさっさと朝メシを食え」
我らが上司――昨夜も僕を迎えにきたキドがぴしゃりと言った。今日の皿洗い当番はキドだったか。さっさと洗いたいんだね。
「ねーキド。昨日盗ってきたヤツ、ちゃんと薊さんに渡した?」
「当たり前だ」
「…どうだった?」
「突っ返された。『違う』んだと」
薊さんは依頼主の一人。僕は――僕達は、彼女が依頼してくるから色んな所から色んな物を盗む。今のところ、全部元の場所に返してるけど。
薊さんは、盗られた自分の宝物を取り返したいらしい。どんな物か覚えてればまだ楽だったんだけど、彼女は宝物の存在以外を忘れていた。見れば分かるというので、盗んでは彼女に品を見せている。そして全部に「違う」という判定をされてきた。
「早く見つかればいいんだけどなー」
「まったくだ」
セトがお宝のある場所や配置される警官の情報を見て、
マリーが外にいる警官を石にして、
僕が姿を欺いて宝物を盗んで、
キドが逃走する僕と自分の姿を消す。
それが僕らのやり方。
プラスして、キドが監視カメラの映像とかをハッキングで見えなくしたりするけど。
盗む。
それが僕らの夜の日常。
* * *
「もうちょっと声にメリハリがほしいな……平淡すぎんだろ」
カタカタとキーボードを叩いて、コメントを入力。エンターキーを叩くと、動画に今打ったコメントが流れた。
画面の右下でエネが非難の声を上げる。
「いい加減、批判コメント投下すんのやめたらどうです? 子供っぽーいみっともなーい」
最後の悪口がグサッと胸を貫通した。