長編
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「手順はいつも通りにな」
美術館の前で別れる時、キドが言った。お決まりの文句だ。僕はいつも通りに頷き軽口を叩き殴られてから、館内に向かった。がんばれ、とマリーが言った。
たった今マリーが固めた刑事二人の脇をすり抜ける。
警備を石にするのはマリーの仕事。補助するのはキド。キドが自分とマリー、警備を「見えなく」してから、マリーが力を発動する。キドの力で見えなくなった者同士はお互いが見えるようだった。
そうでもしないと、警備が「動けなくなる前に長い白髪の少女を見た」と言った時、警備を警備する奴が配置されて、マリーは捕まる。だからこそのキドの補助。
固まる警備にしかマリーが見えなくなれば問題ない――警備が数瞬消えるという怪奇現象が出来上がるけど。
セトが調べた館内の情報を思い出しながら、前へ進む。監視カメラはキドがハッキングするから、気をつけるべきは警察だけど。僕は既に警官の姿に周りを欺いているけど、一人でうろついていたら少なからず不審に思われる。
目指すは三階。非常階段を上る。
今回狙うのは絵画。普段は展示しない、大切なものらしい。
今度こそ当たってればいいんだけどなあ――薊さんの顔を頭に浮かべながら思う。
『カノ!』
イヤホンから耳に、キドの声が飛び込んできた。いやに焦っている。想定外の何かが起こったかな。
どこがいいの? って言いたいくらい奇怪な像の影に隠れて、イヤホンに意識を半分傾ける。
「何かあった?」
『監視カメラに映るな。誰かに邪魔されてハッキングできない。お前の行動は筒抜けになっている』
「…はぁ?」
身びいき抜きにしても、キドのハッキングの腕前は相当なものだ。しかもセトが補助についている。それを妨害しきるっていうのは…。
「警察がやってんの?」
『恐らくな。お前が前回警部を挑発したから、向こうも考えたんじゃないのか?』
「挑発は毎回のことだよ――でも、そうだねえ……人員チェンジしたのかな。ハッキングの邪魔できるなら、今までの奴ら、そうしてただろうし」
『…とにかく気をつけろ。今回、手強いぞ』
「りょーかい」
会話は終わらせたけど、もしもの時すぐ話せるよう、通信は切らない。
いつも以上に警戒しながら目当ての場所を目指す。目指して、警戒はますます強まった。
警官がいない。
前まで館内に何十人も配置されていた警官を一人も見かけない。
罠? ――ありえる。恐らくは人員が変わっているから。あの警部に警官を配置しないという選択肢は浮かばないだろう。
罠を疑いたくなるくらいあっさりと、絵画がある部屋の前にたどり着いた。セトの情報によると、部屋は広間と言っていい――体育館くらいの広さらしい。
ドアを開けた途端何かあるんじゃないか、そう思うけど、このドア以外に部屋に入る方法はない。小説や漫画の中の怪盗みたいに、どこからともなく現れ、気付けば絵画を奪ってく――なんて華麗にはできない。
ドアの前にいる警官を欺くなり眠らせるなりして突破し、絵画を奪う。それが作戦だったけど、ドアの前に警官はいない。いつもはいたんだけど。
…開けないことにはどうにもならない。
僕は無音でドアを開けた。もちろん最大限に警戒して。
「!!」
今までにないケースだ。科学的な仕掛けがあるだけだった前回までとは違い、宝石のある部屋に人がいる。
二人。
一人は、何か文字がかかれたパーカーにズボンの、色素の薄い髪を肩辺りまで伸ばした女。
もう一人は、セトと同じくらい背の高い男。髪が白い。
絵画は、二人の後ろにあった。
「あなたが怪盗Kね? 館内には私達しかいちゃいけない。警備だって入ってきちゃいけないから、誰に化けたって分かるよ」
女の方が言った。よく見てみると、歳は僕と同じくらいに見えた。
なぜだろう。男の方が目立った容姿をしているのに、女から目が離せない。綺麗な景色に目を奪われるような感じ。彼女の容貌は遠くてよく見えないから、綺麗かどうかなんて分からないのに。
にしても…人がいなかったのはそのせいか。確かに、誰に姿を欺こうと、いるわけない奴に欺いちゃバレる。いるわけあるこの二人は、絵画と同じ部屋に。考えたなぁ…。
…動揺しちゃいけない。想定外のことが起きたからって、やることは変わらない。
頭を二人に気付かれないように振って、一歩ずつ絵画に近づく。
「どうしてそんな作戦を?」
答えを聞けるとは思っていないけど、二人の気を少しでも紛らわせる為に訊いた。
すると男が口を開いた。
「シンタローがそうしろって言ったから」
「うぇ、ちょ、コノハさん! 言っちゃダメですよ多分!」
警部よりバカじゃないのかこの男。若そう――僕より少し上くらいだからかな。経験が足りない、とか。まあ、情報をもらうに越したことはない。色々訊いてみよう。
「警備の仕方が今までと全然違うけど……人員チェンジしたね?」
「うん。下っぱは変わってないけど」
「コノハさんーっ」
「モモ、丁度いいから自己紹介しとこうよ」
コノハと呼ばれた男は、あたふたするモモと言うらしい女の制止を素朴にスルーして言った。
「僕は九ノ瀬遥。コノハって呼んでね」
「コノハさーん…止めてくださいぃ…」
「名前分かった方が仲良くしやすいよ。ほら、モモも自己紹介」
「仲良くする必要ないですって」
「モモ」
「…………はあ。如月桃、十九歳」
…ふむ。とりあえず、九ノ瀬遥のことはコノハ君、如月桃のことはキサラギちゃんと呼んでおこう。