長編

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 突き刺すような日の光と、柔らかい蒼穹の下。鳥の影がアスファルトを滑った。
 キドが人差し指を綺麗に伸ばしてボタンを押すと、ピン、と音がした。指を離すと、ポーン、と音がした。
 ドタドタと、外にいても微かに聞こえる足音。途絶えたと思った次の瞬間、勢いよくドアが開いた。

「いらっしゃい!」

 顔全体を動かして笑うキサラギちゃんの出迎えを受け、中に上がる。それぞれの言い方で、それぞれのタイミングで、お邪魔しますを言う。
 キサラギちゃんはお茶とお菓子を用意しにキッチンへ行った。僕らは二階へ上がり、部屋に入る。

「…いらっしゃい」

 赤いジャージに黒いTシャツ、灰色の短パン、というラフな格好のシンタローちゃんが、PCから目を離して僕らを見て言った。その声は小さいけど、キサラギちゃんナシじゃ黙ってしまった四日前とは大違いだ。
 PCの中のエネちゃんも、「いらっしゃいませ!」と笑顔を振り撒いている。ただ、僕と目が合うと一瞬笑いが固まった。何で僕だけ嫌われてるんだろう。

 キサラギちゃんの希望により、僕らは二日に一度のペースで、シンタローちゃんに会いに行っている。最初はほとんどコミュニケーションが取れなかったけど、今は上手くいっている。
 シンタローちゃんと目が合いかけ――

「っ…」

 ――逸らされた。しかも、息を呑まれた。当人である僕らと僕らを見ていたエネちゃん以外の皆は、気付いていない。
 上手くいってるんだ。…僕以外とは。

「お待たせしましたー!」

 キサラギちゃんがお盆にお茶とお菓子をのせて入ってきた。シンタローちゃんの肩の線がなだらかになる。まだ、キサラギちゃん無しで緊張を完全に解けるわけではないようだった。
 部屋のほぼ真ん中にある、低くて長方形なテーブルを囲んで座る。シンタローちゃんとキサラギちゃん、セトとマリーがそれぞれ隣同士に、長方形の長い辺に座っている。僕とキドは誰とも隣にならず、短い辺に座った。僕の右斜め前にはシンタローちゃんがいるから、まあいい席だ(ちなみに左斜め前はセト)。

 毎回皆で適当に駄弁るのだけど、シンタローちゃんはやはりというか、最初はキサラギちゃんとエネちゃんとしかまともに話さなかった。

「ほお…料理ができるのか。ぜひ、うちに来て作るのを手伝ってくれ。こいつらは料理ができないから、いつもいつも俺が作って…」

「大変なんだな……まあ、機会とやる気があったら、手伝うよ」


「シンタロー、これ、お土産……内職で作ったお花。造花だから枯れないよ」

「へえ、本物みたいだ――ありがと。器用だな」


「あ、そうだ。今度俺がバイトしてるカフェに来てください。奢るっすから」

「機会があればな。楽しみにしとく」


 今じゃ普通に話せてる。


「シンタローちゃん、PC詳しいよね。今度教えてほしいな」

「え、ああ…はい。機会とやる気があったら、教えます」


 ……話せてる。僕以外とは。


 何で僕に話しかけられたらどもるんだろう。何で僕にだけ敬語なんだろう。何で僕から目を背けるんだろう。何で僕だけ。
 PCなら私が教えます、とかいうエネちゃんは無視する。


 どうすれば打ち解けてくれるかな。取り敢えず話題を振ってみる。

「シンタローって、女の子にしては珍しい名前だよね」

「っ…」


 室内の温度が5℃くらい下がった。


 みるみる内に、シンタローちゃんの目に涙の膜が張った。シンタローちゃんはキサラギちゃんににじり寄り、キサラギちゃんはシンタローちゃんの頭を撫でた。
 当人以外の全員が、冷たい目で見てくる。特にキサラギちゃんとエネちゃんからの視線は、ブリザードも逃げ出すくらい冷たかった。

 ブブ…とケータイのバイブが鳴った。いい逃げ道を見つけた気持ちで、ケータイを見てみる。メールが来ていた。

『その質問やめてください。昔それで虐められたのともあったので』

 ……キサラギちゃんからの抗議のメールだった。見ないで打ったからだろう、『虐められたこと』が『虐められたのと』になっている。

「……うん……ごめん」

 謝っておいた。

 どうも空回りする。ちなみに僕は好きな子も苛めるタイプだから、シンタローちゃんのこともからかいたい。からかいがいはありそうだけど、泣かれるのは嫌だな。僕は、好きな子の泣き顔をすごく見たがるタイプではない。

 
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