説話1

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すっかり暗くなった帰り道を高倉莉子は重い足取りで歩いていた。毎日行われる上司のセクシャルハラスメントに今日も良く耐えた、莉子と自分を励ます。
初めは社内で原稿を読んでいる時、同僚とお昼を食べている時等軽いボディタッチだったのに今は明らかに意図的に胸に触れたり尻を揉んだり、更には本番中にも言葉によるセクハラをするようになってきた。念願叶ってのアナウンサーになれたのだから辞めたくはないが、現状を打破する方法も見当たらない。
今は兎に角身体を触れたら手の甲をつねってやり、本番中のセクハラは無視を貫いているため、お茶の間の主婦たちに莉子はどう映っているのかが不安になる。
「どうせアナウンサーなんてどの野球選手と結婚するかだけが重要なんだろうけど」
アナウンサーになりたいと言った莉子に、母は野球選手が好きなのかとさえ尋ねたもので、世間の主婦は恋愛事にしか興味が無いようだ。莉子はただ純粋にアナウンサーに成りたかっただけなのに母にそんな事を言われてしまうと意地でも野球選手と結婚なんてするもんか、と思った。
時刻は午後十時。平日ならまだしも日曜日の夜の公園は人一人居ない。誰も居ないなら、と上司への愚痴や母の態度を思いっきり叫んでみたかったが、公園の周りはマンションばかりで必要以上に反響しそうだったので止めた。
空を見上げると雲一つないのに排気ガスで星は一切見えない。ここは空気が悪い。今度の休みには空気の澄んだところへ日帰り旅行でもしてみようか。そうしたら沢山星が見える。都会で見えるのは真ん丸い月だけだ。どんな状況でもいつも同じ表情の月は、莉子とよく似ている。
自分の評価を下げたくないために誰にでも良い顔をする、高倉莉子と同じ。出来ることならば本番中に思いっきり笑ったり、自分の意見を言ったりしてみたかった。現実はひたらすらニュースを読み、上司のセクハラに耐えるだけの仕事。これが莉子の目指したアナウンサーだったか。
はぁ、と大きく溜め息を吐いて俯き加減に歩く。明日からの仕事も憂鬱だ。
刹那、首筋にちくりとした痛みを感じた。ネックレスが引っ掛かったのかと痛みの発生源を見ようとするが頭が動かない。何かに頭掴まれて固定されているようで、後頭部に違和感を感じる。目線だけ動かすと長い黒髪が垂れていた。ネックレスでも虫でもない、黒髪。同時にじゅる、と何かをすする音もする。
「っきゃぁあ」
莉子の悲鳴がカットアウトするのと同じくしてばき、と鈍い音がした。莉子の頭があり得ない方向に曲がり、身体が倒れても天から降ってきた黒髪の物体は、莉子の身体に貼り付いたままで何かを貪っている。
しばらくしてその黒い物体が莉子から頭を離し、口元を拭いながら立った。真っ白な手の甲に鮮血、黒いセーラー服、黒髪の少女。少女は木の影に隠してあったつるはしを大きく振りかぶって、
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