説話1

□彼の好み
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※三題噺:欲望,咳,準備、精神異常♀、排泄物注意

膝上のスカートに内巻きに巻いたボブ。ヌーディーカラーのドロップネイルに黒のオーバーニーソックス。
調査に調査を重ねて先輩の好みに合わせたものの、まだ足りないものがある。睫毛はまだ短いし、風邪気味故のマスクも外さないと。それと睡眠薬。
それでも今日、やっと揃う。やっと、彼は私のもの。
***
「せんぱぁい、良かったらお昼ご飯一緒に食べてもいいですかあ」
語尾を伸ばす話が頭にくるがそれでも先輩の好みとあらばいくらでもする。
「いいよ。何処で食べようか」
「ちょっと寒いかもですがあ、屋上とかどうですかあ。お話したいこともあるしぃ」
「そう、じゃあ行こうか」
まんまと手に嵌まる哀れな先輩。昼食は毎日違う女の子と食べているのも調査済みで、来るもの拒まず去るもの追わずな性格が幸いした。
「ごほっ」
「風邪でもひいてるのかい」
「咳がまだ治らなくって」
「なら屋上はやめた方が」
「人気が無いところじゃないとお話ができないのでぇ」
表面だけの優しさだって、知ってるよ先輩。
案の定屋上には誰もいなかった。最高の状況、最高の天気。ほら、程よく風があって私を応援してくれてる。
適当な所に座り、お弁当を広げる。
「あの、私ぃ先輩に紅茶淹れてきたんですう。先輩アールグレイがお好きだって聞いたので」
「ありがとう。いただくよ」
水筒から溢れる湯気が横になびく。彼が紅茶を含んだのを見てから私は本題を切り出した。
「先輩、話って言うのはですねぇ。私先輩のことが好き、なんです」
「本当に。信じられないよ、君みたいな可愛い子が俺を好きだなんて」
「それで、付き合って欲しいんですけどぉ」
「勿論、断る理由がないよ」
「ありがとうございますう。でも」
「他にも、何か、あるのかい。駄目だ、何故か眠くな、ってきた」
どさり、と彼は水筒を持ったまま倒れた。
「ごほっ」
水筒から薄茶色の液体が流れだし、湯気が上がっていく。
紅茶から匂いが鼻腔をくすぐるが、明らかに紅茶の匂いではない。紅茶に混ぜたのは睡眠薬と、私の尿。どうしても彼に私の排泄物を飲んでもらいたかった。
風がなければ一瞬てばれてしまうから、風があって本当に良かったと思う。
「先輩、先輩のいう付き合うことと私の言う付き合うことは意味が違うのですよ」
すうすうと寝息を立てている彼の頬をつつく。肌目の細かい、若い肌。
「ごほっ」
生きている先輩に興味なんてない。私とは真反対の女の子を演じるのにも虫酸が走る。
それでも貴方が好きだから。だから貴方好みを演じたんだよ。
意識を失っている男の身体を運ぶのは骨が折れる。さっきから咳のし過ぎで喉が痛い。
でももう少し。あと数歩。
屋上の手摺に手をかけて、黄土色の世界へ彼と飛び込んだ。
「あの世まで、付き合って下さい」
2010309

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